Yuki Tachibana's Healing Home Page
共通掲示板 過去ログ 2002年11月27日〜




Notitle

【0228】 たま

こんばんわ。久しぶりにここにやって来ました。以前夫のうつ病のことでお世話になった、たまと申します。今度は妹のことを書き込んでみたいと思います。妹はもう14年心を病んでいます。何と言う病気なのかよくわかりません。入院もしました。自殺も何度かしました。とにかく、周りを振り回します。3回結婚しました。子供もいます。皆で子供はやめなさいと言ったのですが、産んでしまいました。案の定子供は育てられず旦那さんの親が引き取って見ています。最初私たち肉親はこの妹の状態が病気なのか、性格なのか、良くわからずにいました。しかし色々勉強してみると病気だと解りました。病名は解らないのですが、多分一生治らないのだろうと、思っています。妹には私たちの誠意が通じません。そして行動は、クレマチスさんのお母さんととてもよく似た感じです。(失礼だったらごめんなさい)話しても、相談にのっても、砂漠に砂の城を作っているようです。私も妹の電話には、居留守をつかいます。携帯と家の電話交互にかけてくるので、気が狂いそうでした。今は家の電話をナンバーディスプレイにしたので良くなりました。でも、私は妹がかわいいのです。電話にも出てやりたい、楽しい話をいっぱいしたい・・。自分の矛盾した行為が嫌になります。かわいいけど、うっとうしいのです。
今妹は旦那さんに見放されて実家にいます。両親が面倒を見ていますが、「旦那さんに電話なんかしたらいけない」と何度言ってもだめです。私には「別れたい」と相談したそのすぐ後に電話してしまいます。それと、頭痛薬(市販の物)をおやつのように飲みます。
これも10年近く続いています。両親が居なくなったらどうなるんだろうと、心が寒いです。皆さんの書き込みを見て、私だけ苦しいわけじゃない。と思いました。心の病気って、本当に悲しいですね。
本人もまわりの者も・・。元気になって。よくなって。と祈るような気持ちです。なんだか訳のわからない書き込みしてしまいました。クレマチスさんのお母さんのことを読んでいたら思わず書き込んでしまいました。
-2002/12/01 23:06:17-

Re:Notitle

【0229】 クレマチス

たまさん、はじめまして。妹さんのこと、さぞ御心配だとおもいます。
私の母の行動や発言に共通するものがあるのなら、やはり人格障害
(いろいろタイプがあるそうですが)を疑ってもいいのではないでしょうか
専門的には分かりませんが、母は自分のことを病気だとは思っていません。
本人に無駄だとは知りつつも、本を見せたり読んだりして
ボーダーラインの事説明しました。(だから病院に行ってちゃんと治療しようと)
でも母は“これは性格だからしょうがない、私の何処が病気なんだ”と
一歩も譲りませんでした、それどころか“アンタの(私です)方がよっぽど
おかしい”とこっちを病人扱いしてきました
今思えばたまさんのおっしゃる通り、砂漠に砂の城を何年も作ってきました。
他人なら距離をおいて遠ざかればいいのですが、身内だとそうも
いきませんものね。
しかもこの強烈さは振り回された人にしかわかりませんから(笑)
良かれと思ってした事でもすべて悪意としてしか見てもらえず、
私達家族もずいぶん傷つけられました。
ボーダーラインの人の心の中には“見捨てられる”という不安がいつも
つきまとっているそうです。だからそうされないためにあらゆる手段を
使って(私の母の場合はお金です)自分の見方にしようとします
でもよほどの人じゃない限り友情や愛情はお金じゃ買えないことぐらい
分かってますから、言いなりなんかにはなれないですよ。
そうなるともうすごいです。私があれだけ面倒みてあげたのに、と
泣いてみたり、時には物を投げつけてみたり、暴言をはきます。
私は母がそうやって人を物の様に扱って捨てていくのを何度も目の前で
見せつけられました。当然見方なんてできないです。むしろ相手の人が
母にびっくりして離れていくのをどこかでほっとしていました。
ちょっとでも相手の人を思いやる発言をしたら、もう錯乱状態です
なんで娘なのに私の見方になってくれないの!って

結局私は自分の家族を守るために、あと自分のうつをひどくさせないために
今は離れていますが、その平和がいつまで続くかは本当に分かりません
それが明日起きても何の不思議もないんです
何故たまさんの妹さんがそうなってしまったのか、理由は必ずどこかに
あると思います。お子さんがいらっしゃるのならなおさら本人だけの
問題で済まされませんから
実際のところ、わたしもどうしていいのか分かりません
離れて暮らしていても自分の心の中にいつもあの“母”が
住んでいるからです
その母が消えて無くならない限り私は解放されないんです
母がもし死んでもそれは変わりません。むしろもっともっと
自分の中の母親が大きくなって苦しむんだろうと思っています
お役には立てませんが、たまさん、つらくなったらここに来て
お話しましょうね。
たまさん同様、私も母の事、完全に見捨てることはできないんです
-2002/12/02 03:06:29-

Re:Notitle

【0233】 管理人

 たまさん。お久しぶりです。
 妹さんのご様子、やはり境界性人格障害の可能性が高いと思います。このタイプの人格障害の人は、ほかの人の立場に立つ、共感する、と言うことができません。だから、なにを言っても、のれんに腕押し、ヌカに釘といった調子で、全然変わることがないんです。

 人格障害は、心の病と言うよりも、心の障害だと考えるとわかりやすいと思います。障害というのは、身体障害と同じで、治るというわけでありません。その治療も、治療というより、リハビリのような状態になります。

 境界性人格障害の人は、安定した人間関係を築けません。都合の悪いことは、すべて否認します。責任転嫁も極端で、決して自分の非を認めようとしません。ついさっき自分が言ったことでも、したことでも、完全に否定することもよくあります。

 私が頼れるのは世界であなただけ、というような態度で、いろいろな人の心をつかみます。ところが、その相手がちょっと気に入らないというだけで、徹底的に攻撃したり、悪口や陰口を言いふらすことも多いです。それが原因で、まわりの人が憎み合ったり、争いが起きたり、人間関係がめちゃくちゃになったりします。

 また、ひどいうつ状態に陥ったり、薬物中毒、自傷行為、自殺企図などもよく起こします。錯乱状態になると、手が着けられません。かといって、うつ病や精神分裂病ではないので、薬物療法も、ほとんど効果がありません。
 見捨てられ抑うつから発する必死のしがみつき行動も、まわりの人にとっては、かなりやっかいなことになります。

 境界性人格障害の人は、自分でもわからずに、心的な苦痛から、さまざまな問題行動を起こします。その苦痛は、かなり強烈です。しかし、境界性人格障害の人の苦痛に共感して助けようなどと考えると、助けようとした人自身の精神が破綻する危険性が高いです。
 なんとも大変な心の障害なんです。

 クレマチスさん。
 お母様の反応の仕方からすると、境界性人格障害の雰囲気もありますが、妄想性人格障害の雰囲気もあるようですね。何かと被害妄想に陥るタイプの人格障害です。
 境界性人格障害よりも、本人の心的な苦痛は少ないので、本人から医師にかかって治療を受ける、ということは望めないと思います。どちらにしても、やはり、しっかりと距離をおくということが大切だと思います。
-2002/12/02 23:02:50-

Re:Notitle

【0234】 クレマチス

管理人様、わたしも母の事、治療というのは無理だとあきらめています
でも見ていて、父の自殺のこともあり、自分の親ながら哀れというか
何とも言えない虚しさを感じます。
先日母が子供達のために(クリスマスとかお年玉)お金を送ると
言い出しました。私は当然後でどうなるか良く分かっているので
断固、断りました。そしたら、泣き出して“会うこともできない孫に
お金を送ることもできないのか”と言ってわぁわぁ泣き出しました。
そりゃあ“普通のおばあちゃん”なら私だってありがとうと言えます。
でも相手が相手ですから、ほんと困りました
結局、私が負けてそのお金を受け取りました。良くないことだとは
知りつつも、です。

治らない、自分と周りのために距離をおく、病院の先生も
専門的な知識を持った方ならみんなそう言います
でもそれはあくまで対処であって、解決ではないですよね
もし母がいずれ皆から見放されて本当の孤独を味わって
揚げ句の果てに自殺でもしてしまったら、私はどうすればいいのでしょうか
結局父の時以上に自分が苦しむのが目に見えています
極端な話“先に死んだもの勝ち”のようにさえ思えてきます
治らないのなら、どうしてそうなってしまったのかを考えても無駄だし
トラブルが起きないように離れているしかないのでしょうか

しばらく母のことは忘れたほうがいいのかもしれません
その方法を考えてみることにします
-2002/12/03 07:33:14-




お久しぶりです

【0227】 hide

先日はお返事をありがとうございました。
そのまま、ぼーっと過ぎてしまいました。
っと言うか、すごしてしまいました。

調子のいいとき、悪いときを繰り返しています。
体を動かしたり、何かに集中できると、調子がよくなります。
少しでも間があると、いろいろ考え込んでしまうのが最近の悩みでもあります。

以前、同僚のYとのみ話をしたときに、言われたことが、その本人の内面であり、私に向けられた言葉と考え込んでしまいます。
仕事がなくなったり、窓際族(今は使いませんでしょうか)、役立たずみたいな雰囲気の中にされていると悪いほうに考えてしまう。
邪魔扱いとしか考えられない言葉や態度、大勢の場ではいい子を演じているような、それがなぜ自分は嫌気を感じてしまうのかわかりません。
相変わらず話をまとまりなくて済みません。

そんなこんなで、うつなのでしょうか、何にも考えられなくなってしまっています。
悪いように考えるのはうつなのでしょうか?
それとも、Yの行動を否定する(というか、悪いようにしか考えられない、いないのを確認されたり、あなたの仕事でない(ような言動)といわれたり、人前だけいい顔していたり・・・)
そのストレスなのか、うつなのか、
自分を責めこんで全て自分が悪いようなときもあり、
何かにぶつけたい感情にかられて、壁や物を破壊したくなったり、
どうすればよろしいでしょうか・・・?
精神科へ行かないとまずいですよね
自己否定されるのが怖いのか、世間体を気にしている自分が存在するのか
まずは、場所を知るところからですが・・・

甘ったれているだけでしょうか?
すみません。。。
-2002/12/01 19:06:12-

Re:お久しぶりです

【0231】 管理人

 なんとなく考えがまとまらなかったり、いろいろと考え込んでしまったり、気分の変動が激しかったり、というのは、うつ状態だと考えていいと思います。

 精神科またはメンタルクリニックに、一度行った方がいいと思います。今のご様子なら、しばらく通院するだけで、よくなる可能性が高いと思います。早めの治療が一番です。

 精神科やメンタルクリニックは、不眠が続くとか、気分が優れない、楽しさを感じられない、疲れを感じる、などの軽い症状のときでも、気軽に利用した方がいいと思います。
-2002/12/02 22:00:37-




Notitle

【0230】 たま

クレマチスさん、お返事ありがとうございます。私は今のところ欝でもないし、元気です。でも心が大分弱っているように思います。
夫は欝で、妹は人格障害で・・・。私の周りには心を病んでいる人ばかりです。でも最近こんなこと思うようになりました。
妹の病気を知らなければ、夫の欝をもっと理解出来なかっただろう。夫の欝を知らなければ、妹のしんどさを解ってあげる気にならなかったろうって・・。私に降りかかってくる困難は、何かを考えるようにと神様が言われているのじゃないかと。
全く信心のかけらもない私ですが(困ったときの神頼みしかしたことがないのです)最近は考えるようになりました。
何も知らなければそのまま、人生を終えたはずですが、知ってしまったら、何とかしたい、どうにかしてよい方向にならないかと、考えます。勉強は苦手で頭の悪い私ですが、愛する者のために一生懸命考え答えを出そうとしています。いくら考えても答えは出ないのですが・・。クレマチスさんも私もなかなか辛い人生ですが、それが自分に与えられた物として頑張りましょう。(簡単なことではないですね)
-2002/12/02 20:43:18-







threatさんへ

【0210】 ジュジュ

 ふと気がついたのですが threatさんは わたしの子供達より少し若いですが だいたい同じ年頃なんですね
一人は 中学から6年一貫進学校で一浪で大学入学
一人は 中学から大学付きのエレベーター校
一人は 高校から 進学校で秋推薦で大学入学
親として いろいろ経験しました
喉もと過ぎれば で 今はなんてこと無かったように思えますが
風邪をひかせたらだめだからとか
こんなこと言ったらだめかなとか
それなりに緊張してました
でも だんだんなれてきて
心配しなくても なんでもうまく行くようになってるもんだって
わたしが割り切ったら(この頃はまだ鬱が発症していなかったですが) 
子供も結構友達と話したり 遊んだり
入試の前の日も テレビ見てたり
少しは気楽にそれなりに受験したようですよ
授業も もうそろそろ 自分の必要なことみんなかってに しているんじゃないですか
先生も 後は受験さえ成功すればって感じで こむづかしいことは言わないでしょう
結局大学までついてる子が 内申点で学部が決まるので
最後まで勉強して大変な感じです 
受験はあせるようで あせらなくてもいいのです
今までの勉強の積み重ねというよりも
今までの人生の積み重ねの一つの見方としての中間テストのようなのですから
結果はどれであっても threatさんには必要なものなのですから
-2002/11/27 14:34:03-

Re:threatさんへ

【0215】 threat

息子さんたちはみんな立派なところに進学なさってるようですね。
今日、いやだいやだと思いながら、行こうか行かまいか迷ってたんですが学校行きました。管理人さんがしていた通り、別に寝なくても大丈夫そうだったので(寝るとなかなか起きれないので)、寝ないまま行きました。家を出たとたん、朝日、朝の空気、とても気持ちよかったです。
学校ではある程度は授業に出れましたし、やはり行って楽しかったです。これで授業さえまともに受けれたら言うことないんですけどね。
-2002/11/28 01:13:42-

Re:threatさんへ

【0221】 ジュジュ

朝の空気は本当にきもちがいいですね
私も高校のときは朝の空気が好きでした
遠い学校に通っていたので
駅までは 星を見ながらあるきました
火星や木星や金星がいつも私の前をあるいてくれていて
北風の冷たさは 返って私を奮い立たせてくれました
風に向かって 毎朝 負けないぞ がんばるぞ って
自分に言い聞かせながら 歩きました 
-2002/11/29 14:52:31-

Re:threatさんへ

【0223】 threat

普段は朝苦手なんですよ。夜寝るのが遅いので、眠いからなんですけど。本当に今のことは治ってしまえば笑い話、そしていい経験だったと思えると思います。
今でも私の考え方、生き方は変わりました。
他人の目を気にしすぎること、他人に気を遣いすぎること、小さいことにこだわりすぎることなどです。
それはなかなか変わるものではないと思っていますが、以前に比べれば、随分自分の生きやすいように生きているなって思うんです。
 いつかこれがあったからこそいい人生が送れたんだと思いたいです。
-2002/11/30 01:14:38-

Re:threatさんへ

【0225】 ジュジュ

ほんとねえ 
でも threatさんなら きっとそう思えるよ
わたしは 子供には いつも 何かあるたびに 
これが きっと人生の栄養になるからねって言ってました
たぶん 子供に言いながら 自分に言い聞かせていたんでしょうけれど
私よりも ひどい人生送った人は 上をみればキリが無し 下を見てもキリが無し
ただ 自分がどう生きたいかということを 感じることができれば
それは 精神的なレベルか 魂のレベルかはべつとして
あまり 「おそれ」ることは ないのですよ
-2002/11/30 22:00:02-

Re:threatさんへ

【0226】 threat

そうですね。でもよかったと思えるまでにはまだまだ時間がかかりそうです。このことで失ったものもたいへん大きいからです。
したいこと、したかったこと挙げればきりがありません。
本当に今は苦しいです。
いつか本当に治る日が来るのか?と疑問に感じてしまうんです。
病院の先生は治るとかではなくこれが自分なんだと受け止めるようにとおっしゃいます。そうかもしれません。
しかし「こんなのは俺じゃない」「いつか前のように過ごせる日々が来る」こう願う自分がいるんです。
今はその希望が救いなのです。
-2002/12/01 02:19:55-




無題

【0216】 クレマチス

最近毎日ここに来ては愚痴をこぼしてばかりです。すいません
管理人様の気まぐれコラムで今制作中の「関わると大変な演技性人格障害」
楽しみにしています。
前に行ったカウンセリングで先生が「ボーダーライン(境界性人格障害)の人を
診察するのは10人の医者がいたら、9人は診察を避けたいと思っている」と言ってました
人格障害の人の治療の第一歩はまず、患者との契約から始まると何かの本で読んだ
ことがあります。
確かに私の母とは約束事ができません
自分の感情でコロコロ変わるからです。それに従えない人はもう敵以外の
何ものでもなくなります。
今は少し減りましたが、朝一番で電話が鳴ります。(普通の人はこんな非常識な
時間に電話しませんから)私は母親からだとすぐわかるので居留守を使います
留守電になるとすぐ切って、数秒も立たないうちに携帯にかかってきます。
これを延々と何十分、時には何時間も繰り返します。
わたしはこれがとてもイヤで時には布団をかぶったり、わざと出かけたり、
トイレに入ったりします。
でも、あまり出ないと今度はダンナの会社や実家に電話が行ったり、
揚げ句の果てにはNTTまで行きます(電話がおかしいんじゃないかとか)
たまに、うっかり電話をとってしまったら、それは大変です
「何度電話してもいないんでアンタが具合でも悪くて寝込んでいるんじゃないか」です

あんたのその行動が私を病気にさせているのが分からんのか!と言いたいけど
そんなこと言ったら、大変です
今度は代理人から電話がきます。それは母の姉妹だったり、私が会ったこともない
友達からです「お母さん、○○ちゃんに見捨てられたって今泣いているのよ」です

母親はその人のことを友達と言っていますが、友達とは違うと思います
ただ精神的に依存している人なんです
しかも、その依存している人はコロコロ変わります。前に電話きた人は?と聞くと
もうすでにイヤな人に変わっていて、廃棄処分されています(笑)
もう、笑うしかない世界です。この人の本当は何処にあるんだろうといつも考えます
しかも自分の言ったことはすっかり忘れているのに、相手の言ったことは
変にねじ曲げて記憶に残っています。そして突然攻撃します。
同居していた数ヶ月はそれはもう、地獄でした。
家族や近所の人まで巻き込んで白黒つけようとしました。

母親は一体何に勝ちたいんだろう
父親はそんな母親と40年もいて、何故離婚しなかったのかとも思います
そうやって、周りの人間を破壊させて何が楽しいんだろう
本当に考えても考えても答えはでません
-2002/11/28 10:56:36-

Re:無題

【0218】 ジュジュ

 クレマチスさんなんていうことでしょう
クレマチスさんの毎日がそんなにおもいものだなんて
電話も便利な反面 怖いものですね
ところで どうして 私の母やクレマチスさんのお母様が ボーダーになってしまわれたんでしょう
私の母も ほんとうに ボーダーなのでしょうか
母がそうなら 何が母をそうしたのか知りたいとおもいます
私の母は 父がいるのでか まだそれほど大変ではありません
でも クレマチスさんの気持がわかるぐらいその兆候があります
それと 少し前までは 強い義母がいたので
板ばさみになるときもありましたが ましでした
義母が亡くなってから しきりに
「そっちのお母さんがいなくなったから 今度はわたしがあんた達夫婦の母親を引き受けないといけない」みたいなことを何度も言うのと 急に嫁ぎ先に良く来るようになったので びっくりして
主人や主人の兄弟が頭に浮かんで
「うちのいえに入り込み過ぎないで!」と言ってしまったことがあります
母は電話の向こうでショックを受けたような感じでしたし
わたしも 何であんなきついこと言ってしまったんだろうと思いました
しかし 今から思えば きつかったけど 言っておいてよかったかとも思っています 
言っていないと もっと母をうっとうしく思ってしまったかもしれないからです
娘の私の結婚式で 母がわあわあ泣いたのが今ではおかしなことだと気づきました
私が母に 父を振り回しているとか 昔のことを責めることをちょっとでも言うと もう電話に出なくなって 何回あやまっても許さない そして 最後に 実家まで行って 母を抱きしめて泣いてごめんと何回も頭を下げてやっと許してくれたことも おかしなことだと だんだんわかってきました
結婚の話でも 先に自分の耳に先に入らないと 全部つぶしてしまう反面 相手がちょっとお金持ちとかいい家柄だときいたら結婚しなさいと決め付け 子供達が泣いて拒絶してもなかなかわかってもらえなかったことが おかしなことだったとわかりました
管理人様のHPに出会って やっとわかりました
確かに 今までも 決して普通の母ではないとは思っていましたが
こころのどこかで 自分を育ててくれた恩とか 自分の肉親ということで 母をよく見ようとしていたように思います
今 逆に 母をこれ以上嫌いにならないように
母をまた 愛せるように 冷静に見て 何とかしないといけないと気づきました
といいながら 決して 冷静ではない おかしな文の書き込みになってしまいました
-2002/11/28 21:13:35-

Re:無題

【0220】 管理人

 いろいろと忙しくて、なかなか文章がまとまらないんです。すみません、楽しみにしていただいているのに。
 演技性人格障害などの人格障害については、軽い気持ちで、ひとつずつ書いていこうと思ったのですが、いろいろと勉強していくうちに、中途半端には書けないと思ったんです。
 ボーダーラインとか境界例というのは、最初は、神経症と精神病の中間、境目という意味でした。そののちに、人格障害という概念が広まって、ボーダーラインは、境界性人格障害と分裂病質人格障害に分けて考えられるようになりました。
 人格障害には、演技性人格障害や境界性人格障害以外にも、妄想性、分裂病質、分裂病型、自己愛性、依存性、回避性、強迫性、反社会性などがあります。それぞれ、病的所見はあるのですが、いろいろな人格障害の要素を持つ人もいます。分裂病との区別が難しい人もいます。
 このへんがややこしいので、説明しづらいんです。でも、少しずつまとまってきていますので、全部の人格障害をまとめて、コラムにしたいと思っています。

 精神分裂病(統合失調症)は、薬物などで症状が治まっているあいだ、寛解期または回復期は、うつ病と同じように、普通の人です。
 ところが、人格障害は、ずうっと人格障害です。治療をしても、大部分の患者は、効果が得られません。このへんが、人格障害のもっともやっかいなところです。まわりの人に与える強烈なストレスは、うつ病だけでなく、心身の病気や事故、争い、犯罪の原因にもなります。
 本当にやっかいな存在なんです。
-2002/11/29 00:43:24-




はじめまして

【0217】 にゃんた

早速ですが、みなさんにご相談したい事があります。

お付き合いしている彼が、ある事件をきっかけに誰の声がけにも反応
しなくなってしまいました。寝たきりのまま、食事もしなくなり、
明らかに痩せてきました。

元々彼は自分を責める癖がありましたし、私はすぐにうつ病を疑い
精神科受診を薦めました。最初は嫌がっていた彼も、友人に助けを
求める電話をしようとしたら、「いいよ、行くよ」と言って、半分
投げやりでしたが一度は受診してくれました。診断の結果やはりうつ病
と診断され、診察中に頂いた抗不安剤のおかげなのか、突然正気に返り
(うつ状態間の記憶は全く無いそうです)その時はなんとか家に帰る
事ができました。

しかし、正気に返った状態も長くは続かず、またうつ状態に陥って
しまいました。前のような寝たきり状態ではないものの、私が居ないと
死ぬことしか考えられないそうなんです。受診直後は摂っていた食事も
今はまた全く食べてくれません。

再び精神科受診を薦めましたが、「治ってどうする」と言って初診時
に頂いた抗不安剤や抗うつ剤、睡眠導入剤すら一切飲んでくれません。
もちろん病院に連れて行こうとすると抵抗されてしまいます。

彼は学生で一人暮しです。親御さんに連絡しようとすると、「親に連絡
されるくらいなら死ぬ」と言います。私自身は社会人で毎日仕事もあり
ますし、彼が住んでいる場所からは車で1時間以上もかかるくらい離れ
ているので、毎日傍に居ることもできません。それでも何とか休みを
取って様子を見に行ったりしていますが、もうこれ以上休みを取ること
はできません。本当は親元に返すのが正解だとは解っているのですが、
後から彼に恨まれやしないか、と思うと怖くてできません。

・・・と、こんな感じで今困り果てています。
どなたか受診や服薬拒否の経験がある方がいらっしゃいましたら
アドバイスしていただければ幸いです。
-2002/11/28 19:02:16-

Re:はじめまして

【0219】 管理人

 はじめまして。
 うつ病と診断されて、服薬拒否をしているのなら、もう入院適用だと思います。このへんは、保健所か県の精神保健(衛生)センターに、相談されるといいと思います。
 自傷他害の危険性が高い場合、指定医が訪問して診察してくれますし、必要なら措置入院の手続きをしてくれます。

 そこまで重くない場合には、にゃんたさんがどうしたいかによって、変わってきます。
 彼のことをなによりも大切だと考え、にゃんたさんご自身が、彼の面倒をみると言うのなら、仕事を犠牲にしても、いつも近くにいる必要があるでしょう。最低でも、毎日服薬の説得と確認をする必要があります。

 そこまでできないのでしたら、彼のご両親に相談するしかありません。そして、肉親の方に面倒をみてもらう必要があります。
 ひとり暮らしということなので、まずはご両親やご兄弟に来てもらって、事情を理解してもらうのが一番でしょう。彼が嫌がっているからといって、中途半端に放っておくのは危険です。取り返しのつかないことになってしまうかもしれません。
-2002/11/29 00:18:40-







クレマチスさんへ

【0212】 ジュジュ

 管理人様ごめんなさい 
これではまるで ロングチャットですね(ぺこっ)
クレマチスさん 子供が大きくなったら 成長したと過去完了形になるものではないのです
わたしも 子供が小さいときはそう思っていました
でも 今の大学生の生活は 目を見張るばかりで 数年間は 主人と子供の間に立って 右往左往でしたよ たぶんちょっといまでも
それから 今は 自分の中で 今まで積み上げてきた バベルの塔が崩れて 再構築ができないでいる時でもあります
小さいときは 実家の「はは」という神様
少し大きくなると 学校のキリスト教の十戒の神様
結婚してからは 義母という何処かの教祖のような神様
義母がなくなった時点で 
自分が作ってきた 不安定な塔が崩れ去りました
神様がいなくなった 
わたしは 今までもこころが病んでいながらもそれなりに強制されていた枠組みにはまっていて
なにか 安定しているかのように見えていた世界がなくなった
今はその瓦礫を見て 呆然としている状態です

私が若いときは過食症や登校拒否という言葉がありませんでした
わたしは いつも おなかが痛くなるまで食べていたのを覚えていますが 幸か不幸かその頃は体重計もガリガリのアイドルもいなく
却ってそんなに肥満にならずに済みました
何人めかの子供がおなかにいる時も ムチャ食いし 戻していましたが そんな変なことしているのは自分だけだとおもっていました
家を出ても 学校にたどり着けなかったのも 大学の時でしたから
親も知らず 今になって 登校拒否してたんだなあと思ってます
だから 状態がこんがらがって 今余計ひどいのかもしれませんが

ところで 子供はいつか巣立っていくのですが
主人は 最後まで巣立つことがないのですね、、、
とても 不安です 本心を言えば
-2002/11/27 20:47:50-

Re:クレマチスさんへ

【0213】 クレマチス

ジュジュさん、申し訳ありません
子育てのこと、あまりにも短絡的でした。幾つになっても子供は子供であって
その時なりに悩みや苦労があって当たり前ですよね
人生経験の浅い私が言うべきことではありませんでした。
私もこれからその苦労を身をもって分かるときが来るんだと思います

私にはもう一人母親がいました
それは祖母です。生まれたときからずっと私の面倒をみてくれました
一緒に住んでた期間も長く、母と折り合いが悪くなると近くに借家で住んでいたりで
とにかく、まさに私に対しては“無償の愛”を与えてくれていました。
母は外で働いていたので、学校行事や食事の支度、ほとんど祖母がやってくれました
私は祖母が大好きでした。
陽気で頑張り屋で(明治生まれですから)、生きることにひたむきで、
40代で未亡人になってからは
4人の子供を女手ひとつで育てた苦労人でもあります。
祖母自身も幼いとき両親が離婚し酒乱の父とまま母に育てられ悲しい
思い出をたくさん持っている人でもありました
私は子供の頃、あまりにも祖母が大好きで、ばあちゃんが死んだらどうしよう、と
いつも心のなかで不安になっていました
母親とは折り合いが悪く(実の親子です)学校から帰ってきたらいつもけんかを
していました。
自分も物心がつき、大好きだけどばあちゃんも悪いところはあると判断ができるように
なった時、私は迷いました。
だからどっちの見方もできませんでした。わたしの争いを避けるような生き方は
ここから来たんだと思います
その祖母は父が亡くなる一年前に90歳で亡くなりました
偶然にも父が事故で入院していた場所に住んでいたものですから
元気なときに合うこともできました。枕をならべて一緒に寝ました。
自分もよぼよぼで歩くのもやっとなのに、30歳を過ぎたわたしに、
「寝る前におしっこはしたの?」って言うんです。おかしいですよね
祖母にとっての私はいつまでも子供のままなんだと思いました
おかしくて、嬉しくて、でも悲しくてなんだか涙が出てきます

それから半年後です。ばあちゃんが死んだのは
その日は父の退院の日でした。心不全で一週間くらいまえから入院してたので
死ぬまえに顔を見ることはできたのですがもう苦しくて会話もできませんでした
それでも、○○ちゃんが(私の名前)来たよ、と話しかけると精一杯目を開けようと
しました。今までありがとう、と言いたかったけどそれも届きませんでした

その1年後に父の死です
一気に母親と父親をなくしました

私が子供に戻れる人はもう遠い所にいます
ジュジュさん、ごめんなさいね。ジュジュさんの言葉を聞いてふと
ばあちゃんの事思い出しました。
いつまでも親は親で、でもその親だっていつまでも誰かの子供なんですよね
-2002/11/27 22:52:39-

Re:クレマチスさんへ

【0214】 管理人

 ジュジュさん、いいんですよ。この掲示板で、どんどん書いていただいて。容量の面でも、すごく余裕があります。それに、ホームページのサーバーとは別枠なので、全然心配いらないですから。
 ジュジュさんも、クレマチスさんも、どんどん会話を楽しんでくださいね。書くことは、とても効果的な治療法ですから。
-2002/11/28 01:00:14-




ジュジュさんへ

【0211】 クレマチス

3人のお子様達はもう一人の人間として立派に成長されているではありませんか
経済的にはともかく精神的にはもうほとんど確立されている年齢だと思います。
私にしてみたら羨ましいです。ウチは2人ともまだ小学生ですから
ジュジュさん、無理なく自分の心が自由になれる事を見つけてみたらいかがでしょう
そんなこと言ったって、うつの時は誰でも当然何もできませんけど。

わたしは、夫と対等に物を言いたいほうなので、外は無理ですけど
今は、在宅でパソコン入力の仕事をしています(もう5年になります)
収入は少ないけど、仕事をする事でいろいろなイヤなことを忘れる時間ができたり
家族にも“仕事があるから”という逃げ場をつくることができます。
それに完全在宅なので、私の一番苦手な“時間までに出社”がないのがとても自分に
合っています。始めたときはうつは発病してなかったけど、やっぱり少しでも社会との
接点を持っているという意識が今の自分を支えているんだと思います。
何か自分が楽になれる物が見つかるといいですね。
これから夫婦2人になる時のことも考えて、お互いに精神的に自立できるような
夫婦になれるのが私の理想です。
所詮、他人ですから(笑)、お互いやりたいことは違っていてもそれを認めあえる関係で
いたいんですけど、やっぱり生活全般にやってあげなければいけないことが多すぎます。

抗うつ剤って効きすぎると動悸がしたりめまいがしたり、今日は朝からひとりで
バタバタと掃除したり、なんか家が売れて引っ越しするんじゃないかと言う気がして
あーもうおしまいだ、とかくるくる回っていました
そんな時にはソラナックスなんですけど、それも何故か飲もうという気にはなれず、
外に出れば目の前に走っている車を見て“いまなら何のためらいもなくとびだせる”
とか思うこともあれば、すごく車を怖く感じたり。
人間って感情があるがためにこんなに苦しまなければいけないのかと思ったりもします

なにか大きな出来事があれば、“あの時ああしていれば”と「たられば」の
世界に突入しますし、じゃあ元をたどれば、あれがいけなかったんじゃないかと
原因を追及したくもなります。
生きていくって毎日のすべてが選択肢で無意識に選んでいることもあれば、自分の意志で
右か左かを選択して、それがずーっと自分の過去と未来につながっているのでは。
そう考えると気が遠くなりますね。
じゃあ、結局起こったことを後悔してもそれはたくさんの複雑な選択の糸で過去に
つながっているんだからどうしようもできなかったんだ、と妙に納得したりもできます
あーややこしいですね、自分で書いてても
支離滅裂でごめんなさい。
-2002/11/27 18:54:56-




ひとりごと

【0201】 クレマチス

生きることに“絶対”なんてないんだ。だからがんばれるし、落ち込んだりもする。
ある時まではそう思っていました。
でも、絶対はあることが気付いたときに、とても悲しくなったり、気が楽になったりもしました。
それは“人はいつか死ぬ”という事です。
当然誰でもわかっていることですが、それを身をもって感じたときに変にふっ切れたんです
うまく言えませんが人間は確実に“死”に向かって生きているんだと
父の遺体は長時間雪の中にいたので、触った瞬間この世のどんなものよりも冷たく
感じました。それまでは何故か父の死を他人事のように見ていて、なんの感情も
湧かなかったのに、父の頬を触ってそのなんともいえない冷たさに、感情が爆発したように
涙が溢れ、声をあげて泣きました。
父の死に顔はとても穏やかで、ふだん、体調が悪くて寝ているときよりも
はるかに何かから解放されたような表情でした。
“ああ、楽になれたんだなぁ”と変に安心したような気にもなれました

母親は今でも言います“生きている人の方がよっぽどつらい”とか
“自分だけさっさと死んで後のことを考えてない”だの、時には
もう憎しみしか残ってない、とかその時によっていろいろです。
かと思えば、あんないい人はいなかった、なのに私が殺してしまったとか
その言葉にいちいち言葉を返してあげる事にも今は疲れました
そんなことないよ、父さんだってつらかったんだよ、とか当たり障りのない事を
言っても母親には通じないと分かったからです
管理人様、わたしはうつ病というありがたい病名をもらっているのに
自殺願望がないときには(今はクスリのおかげで調子がいいんだと思います)
とても冷静に人の悩みや父のことを判断できたりもします
でもそれはクスリを飲んでいてたまたまそれが良く効いていているからで、
クスリがなくなったり、何か自分にとってイヤなことがあると、反動がとても大きく
すべてに絶望し、からだを動かすことすらできなくなります
自分が2人いるような、なんとも変な気持ちです
ずーっとうつなら周りの人も理解してくれるのかもしれませんが、
その切り替わりが自分でもコントロールできないんです

なにもかも、周りの物や人から解放されたとき、うれしいけど、
やっぱり寂しいんじゃないかと思います
ある程度の不自由(家庭とか学校とか)の中で自分なりの自由を見つけることが
ほんとうの幸せを感じることができるのかもしれません
まぁ、そんなに都合よくいってたら誰も悩んだりしないでしょうけど

threatさん、私も高校の時よくさぼったり、途中で帰ったりしましたよ
事情は違いますが、私は自分の選んだ学校が嫌いでした。クラスの人とも心から
友達という人もいなかったです(他のクラスにはいましたけど)
中学のときがあまりにも充実しすぎていて、高校にはなんの意味も見出せなかったと
言うのが正直なところです
だから、学校休んじゃっても、その後の人生にはなんの影響もないですよ
どんな場所にいても何か自分が自由になれるものや人との出会いがあれば
いいんだと思います
誰かと同じような生き方なんてつまんないですよ
なんて、この年になったからいえることなんでしょうけどね
あと、今飲んでいるテシプールさんのおかげでこんなこと言ってるんですけどね
-2002/11/26 09:22:57-

Re:ひとりごと

【0203】 ジュジュ

私はクレマチスさんと違った形で 「死」に対する気持が変わりました
 小さいときから 死んだらどうなるのか 私というものがいなくなるってどういうことかと 不安でした
学校にいっても 家に帰っても 落ち着くことが無かったのですが
それよりも そのことが怖かったのです
ところが ある本から 魂は体という服を脱いだり着たりするだけで ずっとなくなることはないと知りました
疑い深い私は その考えを100%受け入れることができませんでしたが
そう考えて自分が楽になるのだったらと思いました
それから 何時も付き纏っていた「死」への恐怖は無くなりました
もちろん 今すぐ死ななければならないということになれば どうなるかわかりませんが、、、
お昼にクレマチスさんが 薬でだけれども頑張れていると読んで
わたしは 無理 と 思っていました
確かに昨日までは無理でした
どんなに病気とわかっていても 自分がこのまま怠け者になったまま一生が終わるかもしれないとか
こんな 生きづらいなんて と 本当に辛くて 辛抱できなくて 
ここにカキコミしたり 人に聞いてもらったり 寝込んだり アルコールで紛らわせたり 薬を大目にのんだり
とにかく もがきにもがきました
でも 今少しましになりました
そして 少し状態が良くなったとき 何時も思うのですが
「ほら よくなったら ちゃんと用事ができるじゃない
だから 悪い間は心配しなくて ゆっくりしてたらいいって、、、」
なんと言っていいかわかりませんが
この境目が大きいです
今も 生き辛さはありますが それなりに生きていけるのです

わたしも 辛い時は 周りの全てから開放されたいと思います
だって 自分が鬱がひどくなれば 主人は必ず余計頼ってくるし
子供のへ影響が気になるからです
それがとても負担で 辛かったです
子供たちが大学生なので 何時も誰かが家にいるからもあると思いますが それに 大学生でも おおきいから余計にわかるので気を使ってしまうのです
-2002/11/26 19:05:40-

Re:ひとりごと

【0206】 threat

確かにそうです。でも家にいても勉強ははかどらないし、楽しくもないんですよね。一人でいると余計なことまで考えてしまうし・・・。学校に行けばやはり家にいるよりは楽しかったです。つい二週間前までは。授業がだるいだ、なんだかんだと文句を言いつつも、友人と話をするだけで楽しいんです。でも今は行っても授業は途中で出て行く始末です。そうすると友人も気遣ってはくれますが、話がしづらいんです。何回もでていくわけだし、理由を聞かれても明確なことは何も言えなくなってしまうので。
-2002/11/27 01:53:55-

Re:ひとりごと

【0209】 管理人


 クレマチスさんは、とても哲学的な死の概念をお持ちなんですね。
 確かに、いつかは、死は訪れます。誰も逃れられない、まさに真実です。哲学者たちは、この死というものを、どうやって生のなかに取り込んだらいいのか、ずっと考え続けました。そうして、いろいろな思想が生まれ、宗教も発展しました。

 結局死というのは、生の連続のなかにある、つまり生=死です。人は毎日生きながら、少しずつ死んでいるんです。
 そうして、死が絶対的な終わりなら、生きていること自体が虚しくなってしまう。これはいったいどうしたことか。あるとき、突然生を受け、さまざま喜びを知っても、死ねばすべて終わり。
 ここから、ならば生きているときに、思いっきり楽しい人生を送ろう、これが享楽主義(epicureanism)。反対に、いつも死を思いながら、死の準備を続けるだけの悲観主義(pessimism)。どちらにしても、死の恐怖から逃れることはできません。

 生の次の段階があると考えるのが、いわゆる天国(極楽)や地獄などの死後生の世界観です。さらに、死は生の連続のなかの通過点だと考えるのが輪廻思想です。

 ニーチェは、この仏教的な輪廻思想を、もっとも進んだ思想体系だととらえました。ユングも、人間の生について、死後生を考えない人生は完結しない、と考えました。

 ジュジュさんの言うとおり、魂の存在を信じると、そうした生と死の悩みは、乗り越えることができます。なんといっても、自分が死んだとき、先に死んだ人と再会できるのですから。
 これは、心理学的に見ても、簡単に説明できます。ふつうには、解決できない死んだ人への強い感情(unfinished business)は、再会できると信じることができれば、解決できるからです。

 などと、ちょっと哲学っぽくなってしまいました。私のひとりごとです。

 クレマチスさんは、うつ病と薬の関係、もっと気楽に受け取った方がいいと思います。薬はふつう、単純に精神状態を改善させるだけです。極端に落ち込んでいるときは、薬の効果も弱くなります。睡眠薬がいい例です。本当に眠れないときには、どんな薬を飲んでも眠れないものです。

 それから、うつ病特有の気分変動ということを、考えてみてください。うつ病患者は、ずっと急性期の強い症状が出続けるわけではありません。いいときもあれば悪いときもある。この悪いときが少しずつ減っていくことが治癒の過程なんです。

 ただ、自分自身が二人いるみたい、という感覚は、ちょっと考えてみる価値はあると思います。よろしければ、医師と相談してみてください。幼少期に虐待を受けた人には、比較的よく見られる症状だと思います。

 threatさんは、少しゆっくりと休む必要があるようですね。
-2002/11/27 02:27:25-




ありがとうございました

【0195】 べる

管理人様、トムさん、クレマチスさん暖かいアドバイスを本当にありがとうございました。
彼が病気になってからうつ病に関する本を読んだり、ネット検索したり自分なりに勉強してきたつもりでしたが、今回のように強く
拒絶されたのは初めてだったのでショックのせいか「浅い知識」が
吹っ飛んでしまったようです。
考えてみれば、メールをすることも電話をすることも「彼のため」ではなく自分の欲求を満たしたかっただけかもしれませんね。

皆さんのアドバイスを守って、しばらくそっと見守っていきます。
そして彼をこれ以上悲しませないように、私は元気でいようと
思います。

threatさんへ

実は私も過敏性腸症候群です。病名は違うけど「トイレ仲間」ですよね(笑)
通勤もトイレ付きの電車じゃないと駄目なんです。
コンサートだって映画だって時間に関係なく必ず
トイレに行きたくなります。(何度もです)
彼も慣れたものでデートのときは行く先々でまずトイレを
探してくれていました。
自分だけ特別なんてことありませんからね。
-2002/11/26 00:47:55-

Re:ありがとうございました

【0205】 threat

過敏性腸症候群は何年も前からです。中学の時からだったかな?朝家でしてきても学校に行く途中からお腹が痛くなるんです。でも学校に早めに行ってトイレに一回行けば、なんともなかったのでそのことはあまり苦にはなりませんでした。だって準備さえすれば解決できたからです。でも今は準備をしても苦しみから解放されることはありません。それでもうひどく絶望を感じてしまうんです。
-2002/11/27 01:43:57-






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produced byYuki Tachibana