Yuki Tachibana's Healing Home Page
共通掲示板 過去ログ 2002年12月04日〜




リンク御礼

【0272】 norio

どうも、、コシヒカリホームページの「いますぐリンク」に、ご登録ありがとうございました。年齢だけは先輩ですが、学識のない田舎者です、ヨロシクおねがいいたします。
-2002/12/09 18:42:23-

Re:リンク御礼

【0273】 管理人

 こちらこそ、よろしくお願いします。そのうち、いますぐリンクを設置しようと思っています。今、いろいろと実験中です。
-2002/12/10 02:11:26-




Notitle

【0264】 ジュジュ

みなさんの書き込みを読みながら この世は何でこんなに悲しいことばかりと思い 涙が止まらず
本当に 何で生きていかなければならないのか と つい考えてしまいます
親にかまわれなくて 辛い人 かまわれすぎて辛い人
周りを振り回している人も 心の中は決して平和じゃない
どころか 自分の中で嵐が吹き荒れて 多分何か大きな力に自分自身が振り回されているのでしょう
その力を いつ どこから 手に入れてしまったのでしょう
その人は 自分を何らかの理由で守らないといけなくなって
その思いが強すぎて 人まで引きずり込まないと 生きていけないと思い込んでいるのでしょうか
私の母は 子供達にしてくれすぎるのです
これは子供を幸せにするかどうかと言う 子供のこころのさけびをきくこともなく
ただ 自分が考えた子供の幸せを押し付ける母でした
そのためには 父も振り回します
子供が 自分が思う幸せを実現しなければ ありとあらゆる手段で子供と四つに組み 喚き 叩き つねり 絶食させ それでもだめなら 他の人の手を頼みました
その辻褄を合わせるためなら 母にはあらゆる手段がOKなのです
世間の常識と違うことを押し付けられて 私の心は戸惑いと いごごちの悪さを感じていました
そして 子供が終われば 孫です 
私も いろいろと母の手から逃れるために戦っていました 今から思えば 
でも それは 結局は自分に対する破壊行為でしか ありませんでした
今 若い子達が バイクを乗り回したり タバコやお酒を飲んだりして 自分自身を傷つけているのを見るにつけ
腹が立つどころか 自分を大切にできないその子達が かわいそうでなりません

それから 私たち人間は小さい頃から 
親孝行しなさい
親の恩を忘れてはいけません
親を大切にしなければいけません
親はあなたのことを思って何でもしてくれるのです
仏教 キリスト教 倫理 道徳で 何時も何時も教えられてきました
親からも 
これはあなたのためにしているのよ
おとうさんと喧嘩しているのも 子供のことでなのよ
これもしてあげた あれもしてあげた
そういわれ続けてきた 私たちは 今さら その「親の恩」という言葉を 冷静に考えなおすことは とても難しいことです
頭でわかっていても 親の行為を 恩を抜きで考えることが難しいのです

本当に誰を恨むでもないですが 
とにかく 生きていく意味がわからなくなっています
よく 友達に 「生きていて楽しい?」ときくと
楽しいこともないけど ふつう
したいこともあるし いろんなもの食べたいし 音楽とかショッピングとか 楽しいこともあるし といいます
わたしには もうないんだけどなあと思いながら、、、

threatさん ごめんなさいね 
こんな書き込みたら 沈んじゃうね 
若いあなたに あまり見せたくないカキコミかもしれない 
  
-2002/12/08 20:51:46-

Re:Notitle

【0266】 管理人

 インドのことわざに、「最低の親とは、子供に感謝を強制する親である」というのがあります。親が子供を奴隷化するために、恩を売るような言葉をかけ続けていたとすれば、それはもう、親として最低だということです。

 親の愛は、無償の愛です。決して見返りを求めるものではありません。そして、無償の愛だからこそ、「親の恩」という尊い考え方が生まれるのです。
 親がそのことをごまかして、やたらと恩を売るような言葉を言い続ければ、子供の心はどんどん不自由になっていきます。そして、自分自身の存在が確立できず、虚無的で冷笑的な、神経症的心理に陥ってしまいます。
 このへんのことは、「サイストリー」第2章 5.親への憎しみ( http://iyashi.find21.net/psystory/psect25.html )で、詳しく説明してあります。

 「親の恩」というのは、あくまで親の「無償の愛」に対するものです。やたらと恩を売る、親の醜い心に対するものではありません。そこを取り違えてしまうと、精神的な自立や安定から、はずれてしまいます。

 それから、まわりの人を振り回すまたは傷つけ続ける、「人格障害」の人は、なんらかの明確な理由があって、そうしてしまうのではないんです。心のなかに、誠意とか真心とか信頼とか愛とか安心とか、そういうものが欠けてしまっているんです。

 人格障害の人の感情面での年齢は、3〜7歳程度と言われています。つまりは、知的な面では問題がなくても、感情の面であまりにも子供なんです。
 ジュジュさんも、子育ての経験がおありなので、3〜7歳程度の子供がどのような感情の動きをするのか、おわかりいただけるのではないでしょうか。

 生きていく意味は、どこかにあるものではありません。また、誰かに教えてもらうものでもありません。あくまで、自分で作っていくものだと思います。

 自分というひとつのまとまりは、絶えず作られながら壊れています。作っては壊れ、また作り直す、まるで賽の河原のようですが、これが生きている、ということだと思います。この動きがなくなってしまった状態が、人間性の死であり、狂気だと思います。
-2002/12/09 00:58:02-




母のことA

【0258】 美江

先生にお伺いします。この間はありがとうございました。
母のことですが、以前の先生のお話で〈うつ病の人は
他の人を傷つけたのを聞いたことがないとおしゃっていましたが、
それは本当でしょうか?〉私の母は、結構ずけずけと物を言います。私も傷ついてます。これはただの性格?確かに私自身が子供のときからのことなので、今に始まったことではないのです。
でもこの10月ごろからは明らかに以前とは違い周りの空気も読めないような発言が目立っているのです。
 母は、思春期に自分の母親(私からするとおばあちゃん)を亡くし、とても寂しくてつらい思い出があるそうです。だから私は子供のとき、親の愛情を十分に受けていないから、私にもやさしく出来ないのだと思ってました。でもそんな母親がかわいそうでなりませんでした。しかし自分自身が家庭を持ち子供を持ってみると考え方が変わりました。つらく悲しい思いをしたからこそ人の痛みやつらさを理解することが出来るし、人にはやさしく出来るはずだと思いました。身近にいる大切の者を心底傷つけてはいけないのです。

 私は悩んでます。揺れ動いてます。私をめいいっぱい傷つけておきながら、いまさら頼らないでほしいという気持ちとなぜこんな風に考えてしまうのか?自分はひどい娘だと・・・私の言動が母親をうつ病にしてしまったとは思ってませんが、今助けを求めている母親にどのように接していいのか分からないのです。

 傷ついたことばかりが今は頭に次から次に浮かんできて、仕方ないのです。楽しいこと嬉しかったこともあったはずなのに。今は治療が始まりましたので、薬のおかげかもしれませんが、刺々しさが薄らぎ温厚な母親になってきてます。(しかし時には戻ってます)今の母親が本当の母なのか?それとも以前にもこんな母の姿があったのか?にくい気持ちがいっぱいでそれすらも思い出せんません。

 こんな母親にどう向き合ってよいのか戸惑ってます。
-2002/12/08 02:21:12-

Re:母のことA

【0261】 管理人

 うつ病というのを、どうとらえるかだと思います。
 たとえば、自己愛性人格障害や境界性人格障害の場合でも、うつ状態になることがあります。要するに、うつ状態の下地として人格障害がある場合です。
 このような場合でも、うつ状態のときには、「うつ病」だと医師が言うことが多いようです。本来は人格障害と診断されるべきなのですが、そのような症状が出ていなければ、医師も診断できません。
 うつ病という名称をうつ状態になっている病気だととらえれば、それでもいいわけです。

 それから、年齢的に見て、アルツハイマーやピック病などの脳変性疾患の初期症状の疑いもあります。現在は脳変性がほとんどわからなくても、だんだん進行することも考えられます。こんな場合には、性格の変化や微妙な見当識のズレが出てきます。

 うつ病というのは、基本的に自分自身を責める病気です。自責の念がその中心にあると思います。他罰的な傾向があるとしたら、私はうつ病ではないと考えています。

 さんざんひどいことをしてきた親が、自分が病気だからと言って一方的に頼ってきたら、やはり苦しくなって当然だと思います。
 そんな場合には、以前の母親と今の母親を無理矢理にでも切り離して考えていくか、どんな病気であっても面倒を見ないかのどちらかを選ぶしかないでしょう。
 自分が本当になにを望んでいるのか、素直にそれを考えていって、対応を決めていけばいいと思います。一番自分が素直になれるような行動をすることが、大切だと思います。
-2002/12/08 04:20:48-

Re:母のことA

【0263】 クレマチス

とても私の母に似ているとあらためて思ってしまいます
私も物心着いてからずーっと自分との葛藤でした。この母に
どう接していけば誰も傷つかず、平和で生活ができるものかと。
でも結婚してからは自分の守るものが多すぎて飽和状態に
なりました。
そして私なりの決断は自分がいけにえ(笑)になる代わりに
それ以外の人を母から守ろうという手段でした
今ならとてもカラダが言うことをききませんが、結婚した当時は
母の言いなりでした。具合が悪いから、といえば夜中でも
朝方でも車をとばし、みんなが起きるまでには帰ってくるし、
家族で泊まりがけで行っても、ご飯の支度から何もかも
まるで自分の家にいるより主人や家族に気を使ってきました。
それでも、子供が大きくなり、なかなか泊まれないときは
自分だけ(主人に許しをもらって)週末泊まりに行ったり、と
まるで“介護”をしているような感じでした
でも、その行為は母にとっては居心地がよくても、私の家族に
とってはとても不自然な行動だったんだと後で気付きました

同居していた数ヶ月間は食事はもちろん、ありとあらゆることが
やってあげて当然で、私が仕事が忙しくてかまってあげられないと
“お昼も作ってくれない”とか“私を大事にしてくれない”と
まるで子供、いえ子供より幼稚な心の中がはっきり現れました
子供達にしてみれば、私の母への態度は何なんだろうと、
そのうち疑問に感じる時がくるだろうと思います
母はその時まだ50代で精神的には壊れているけれど、
身体的には健康なので、痴呆などにならないためにも、
なるべく自分の事は自分でしてもらいたかったのですが、
やはりやってあげないと不機嫌になり、もう寝るとか言って自分の
部屋に閉じこもり状態です
私もヤケで最後はどうにでもなれ、と言う感じで面倒みてましたけど
今思うと、もう二度とあんな思いを家族にはさせたくありません

閉じこもってたときは、子供達には“おばあちゃん具合が悪いから
お部屋にはいかないで”と説明していたのですが、あるもめ事で
顔を合わせてしまい、下の子供が(その時はまだ保育園の年長でした)
“おばあちゃん大丈夫?寝てなくて大丈夫なの”と言ったら
すごい顔で“あんたには関係ないでしょ!”と言って階段をドンドンと
音をさせて自分の部屋に戻っていきました
孫に向かって“アンタ”呼ばわりしたこと、その後子供になんて説明
したらいいのか、ただ呆然しました。
そしてその後で“もうダメだ”という絶望と怒りと、
一瞬ですが“父を殺したのはこの人だ”と絶対思っちゃいけない、
言葉になんて一生するまいと思っていた感情が一気に
爆発したときでもありました

今は電話越しだけれども、イヤなことはイヤと言えますが
美江さんはまだ、どうしていいかわからない状態ですよね
自分だけ犠牲になるなんて手段は、つらくて、結局家族に
迷惑をかけるだけと思います。
優しいお父様がいらっしゃるのだから、よく理解してもらって
ほどほどに距離をおくのが良いのではないでしょうか
私は父とそれができなかったのが残念、というか後悔で
いっぱいですから
このままだと、お父様への影響だってあることでしょう
とにかく、一人で抱え込まないで話せる場所をたくさん
作っておくことも(この掲示板もそうですが)大事だと思います

私ももう少し早くここに来ていれば‥‥なんて
また持病の“たら、れば”が顔を出していますから
ここまで来るまで、買い物、過食、過眠、といろんなものに
私も依存してきました
でも、それは後で必ず自分に返ってきますから
(ローン地獄、肥満、家事ができないなどです)
笑ってる場合じゃないんですけどね
-2002/12/08 16:14:16-







Notitle

【0255】 ジュジュ

クレマチスさん 私は小さい頃から 早く子供が欲しかった  
たぶん 私ならこんな育て方しないと思いながら生きていました
そして 家を出たいと思ってました
孤児院に慰問に行って 私もここに入りたい
親が離婚した人がいると うちも離婚すればいいのに
何回も家出をしたいと思いながら 荷物を持って出ては こっそり帰って来たり 
見た目には何不自由なく育っているのに
私の心は「今」にはなく いつも違う所をさまよっていました
「今 ここ」から逃れるために 本の世界 宇宙の世界 四次元の世界 パラレルワールド 魂の世界 あらゆる所に行きました
 初めて「わたし」 というものが見え始めたのは もう自分の子供が少し大きくなったときでした
でも その時見えかけた自分も また 今ばらばらになりました
こうして 積み上げては崩し 積み上げては崩ししていくものなのでしょうか
つみ上がったままで終われば 頭が固くなったときかなあ とも思います
わたしは 現実からの逃避という形で結婚しましたが
解決にはなりませんでした
でも 私なりに 核家族は 自分がそのまま子供にいくし
母を思えば 子育てが偏るということを恐れて 
自分から 主人の親と同居すると言い出しました
同居は 想像をはるかに超えて辛いものでしたが
子供には意識があまり行けず 主人の親兄弟の世話に明け暮れていました
子供も一人では自分が投影されすぎると思い 何人も生みました
子供達は 私の周りでいながらも 気をあまりかけられずに済んだように思います
もし 核家族だったら 多分私には自信がありません 私が母親ですから
threatさんの 優しい気遣いは お父さんとしては最適ですよ
わたしも まだ今も自分探しをしています
今回の人生で探し終わるとは思えませんが、、、
だって 自分という洞窟は 不思議で どこまでも続くのですもの
 
-2002/12/07 13:35:27-

Re:Notitle

【0262】 クレマチス

ジュジュさん、私も自分と言う人間がわからなくなる事よくあります
子供の時、学生の時、独身時代、母親となった今、自分の中では
昔と中身は変わらないと思っていても、それが何かの集まりだったり
PТAの話し合いになったりすると、急に自分が小さく思えたり。
不快だったりします。というのも女の人は集まるとそこにいない人の
悪口に走ったり、噂話に花が咲いたりするからです。
私は陰で自分の事を言われるのはなんとも思いませんが、自分の目の
前で他人の悪口で笑っている人達を見ているのに耐えられないんです
やっぱり悲しいかな母の影響です
母は父が死んでからいろんな人を捨ててきました。それはもう
10年来付き合いがある人だったり、友達と自分で言ってた人ばかりです
“女だと思ってバカにして”とか“ひとりになるとみんな自分をバカにする”
といつも言います
私から見ると相手の人は父親が自殺したからと言って何も母に対する態度は
変わらないんです。やはり母の心の中には父に自殺されて、世間体とか
(会社をやっていたこともあって)恥ずかしいという思いがあるようです。

私の父の死の前後に、親戚や親しくしてた人が7人亡くなりました
そのうち父を含めて3人が自殺です
伝染するのかな、と思うほど普通ではない現実が起こりました
父が死ぬちょうど一ケ月前に実家の近所で親しくしている人の
御主人が自殺しました。そのおじさんはずーっとまえからうつ病で
分裂症の(今はこの言い方ではないですね)症状もあったみたいです

でも、元の元をたどれば原因は“寂しさ”です(その頃私も実家暮らし
だったので良く知っています)
その御主人は奥さんに相手にしてもらえず、食事の支度もしてもらえず、
誰もいない家の中で(奥さんは仕事や付き合いでいつも帰ってこない)
どんどん孤独になっていきました。
ある日奥さんが帰ってくるとおじさんはお風呂で首を吊っていました
これが自殺の伝染の始まりです
父はお通夜の日に私にこう言いました“自殺するぐらいならなんだって
できるのに、何でこんなことしたんだろう”って。
でもだんだん父にとって自殺という行為(手段とも)がこの事を
きっかけに身近に感じさせたんだろうと思います
それから、ちょうど一ケ月後の事ですから‥‥‥

私はこの数年間でいろんな人の“死”に直面し、何が幸せで
何が不幸なのかわからなくなりました
お金じゃ買えない、何か大切なものをみんな求めているのに
それが手に入らなくて、寂しくて孤独で、でも一人になりたくて
誰かに自分を受け止めてもらいたいと思いながらも、どうせ
理解してもらえないと気弱になったりしてる自分、もういつも
こんなことの繰り返しです。
自分の死が身近に感じた時、初めて気付くのかもしれませんね。
生きることがどういうことで、それがどんなに意味のあること
なのか。
ジュジュさん、優しさってどういうことでしょう
優しすぎるから悩んだり、自分を追い込んだりするのでしょうか
優しさと甘さは同じようで全く違うんでしょうね
本当の優しさはその中に強さとか勇気とかがあって、人を救う事が
できるのかもしれません。
わたしもそういう“優しさ”が欲しかったです

これから、せめて子供達にはそう接していきたいです



-2002/12/08 10:48:30-




私に何が出来るのでしょうか・・・。

【0256】 よーぐると

管理人様、お久し振りです。

彼の病気は、良くなったように見えて、悪くなっていたり・・・一進一退という感じがします。
服用している薬が原因なのか分かりませんが、一日中「眠い」と言っています。

その彼が、「会社をやめたい」と言い出しました。
主治医の先生に相談したところ「今は、そのような大きな判断をするべきではない」と言われました。
彼は「今の仕事が自分に合っていない。自分のうつ病の原因は仕事だから、仕事をやめれば治る。」と言います。
でも、今は認知療法も始めたことだし・・・やはり、今は様子をみるしかないと説得していますが、聞き入れようとしません。
「そんなに仕事がつらいのであれば、仕事を休み、ゆっくり休養をとり治療に専念して、それからまた仕事をやめるかどうかを考えても遅くはないのでは?」と話しても「長い休暇を取るくらいなら、やめる」と言います。
どうしたらよいのか、頭を抱えています。
いっそ、彼の会社の上司に相談して「本人が辞表を出しても、それを受け取らないで下さい」と話そうかとも思いましたが・・・彼が私の夫ならばともかく、今は婚約者ですから・・・そこまで私がに立ち入る事は出来ないのでは、という気持ちもあります。

「じゃ、会社をやめて、どうしたいの?」と聞いても、「国家資格を取りたい、そのために大学に行きなおしたい」と言います。けど、今の状態では彼の体の方が、もたないと思います。また、国家資格を取っても、就職口があるのかも分かりません。長い目でみて、先のことも考慮したうえでも、そのような賭けに出るのは危険だと、私は思うのです。でも、私の話は聞いてくれません。

このような時、どのように見守ればようのでしょうか?
彼にとって、一番良いようにもっていきたいのです。
-2002/12/08 00:34:35-

Re:私に何が出来るのでしょうか・・・。

【0260】 管理人

 うつ病と言うことから考えて、今の彼の状態は、不思議なものではないと思います。一進一退を繰り返す病気ですから。眠さは、薬の副作用で、仕方がないと思います。


 彼の仕事の件、とても難しい状況ですね。彼は今、うつ病特有の悲観的な考え方しかできないと思います。でも、入院するほどではないようですし、一応の生活ができるようですから、説得が難しくなってしまいます。

 しかし、うつ状態のときには、大きな決断をするのは、避けるべきです。うつ状態から抜け出て気力が戻ったあと、なんであのとき会社を辞めてしまったのだろう、と苦しむことになりかねないからです。そうなると、またうつ状態になってしまうかもしれません。
 やはり、よーぐるとさんが、一度彼の担当医と相談した上で、医師の言葉として、彼の会社の上司にお話しするのが、一番いいと思います。立場上難しいこととは思いますが、よーぐるとさんご自身も、その方がスッキリするのではないでしょうか。

 それから、彼のご両親とも、彼の仕事の件で、相談しておいた方がいいと思います。もしかしたら、いい知恵が出るかもしれません。

 あとは、理想的な解決ができなかったとしても、決して悔やんだり自分を責めたりしないことです。よーぐるとさんは、本当に良くやっています。よーぐるとさん以上に、親身になって彼の面倒を見られる人はいないでしょう。
 よーぐるとさんでもうまくいかなかったとしたら、もう運命だと素直に受け入れるしかありません。もちろん、うまくいくことを祈っていますが。

 時節柄、くれぐれもお体ご自愛くださいね。
-2002/12/08 03:54:16-




からまわり

【0250】 クレマチス

前回は調子悪くて病院の待合室から大泣きして(恥ずかしいですね)から4週間。
明日病院の予約がとれました。いつもすごく混んでいて(完全予約制なのに)
診察も15分と決まっているので(初診は30分)いつも聞いてもらいたいことが全部話せなくて
もどかしい時も。でも先生はすごく信頼できるので病院を変える気はないのですが。

今回は抗うつ剤が効いているのと、母親からの連絡がないこともあって
カラダが動かなくなるほどひどい状態はありませんでした。
ひどい娘だと思いますよ。親がいないほうが自分の調子がいいなんて
でも、ここに来ていろんな年代の人の書き込みを見ると、人生結局ずーっと悩んで
生きていくんだと言うことがわかりました。
子供の頃は、親のゆがんだ愛情や精神的虐待をまともに受けて、学校に行くようになれば
親には認められず、自分の殻にとじこもってしまい、社会に出れば人とのつきあい方や
理想と現実の間で悩みます。結婚して親になれば子供や配偶者に神経をすり減らし、
子供が少し成長したら、今度は自分の親が悩みの種となり、間違って育てられたことを
知って愕然としても、もう遅い。
そう考えると自分が自分らしく生きているときっていつなんだろうと思います
つらさや悲しみは自分の中でずーっと居座っていて消えることは決してないのに
幸せだと感じるのはほんの一瞬です。
親のイヤな部分を見て“絶対自分はこうはならない”と思っても、悲しいかな
やっぱり同じことをして“はっ”と気付いて自己嫌悪に陥る。
でも気付かないよりはましなんじゃないでしょうけどね。
わたしの母は昔から料理が全然できなくて、お弁当とかも学生の時はフタで隠して
見えないようにしてこそこそ食べていました。
高校の時は売店で買い食いばかりで、その後は自分でつくるようになりました。
私は料理は大好きな訳ではないけど、子供や主人には食べ物で恥ずかしい思いは
絶対させたくありません。それはやはり母の影響です。
それに何の不満も言わなかった父にも学生の時には“何故”という思いがありました
母さんだって一生懸命やっているんだ、と私の前では絶対に母のことを悪く言いませんでした

でも自分がうつ状態になって家事が出来なくなると、もう一人の自分が現れて
やっぱりあの母親と同じじゃないかと言います。
違うんだ、私はやりたくても出来ないんだ、だから母と一緒にしないで、と
言い返します。ひどいときはいつもこんな感じです
母親に理想を求めちゃだめですね。親だと思うから情けなくなったり、
悲しくなったり、腹が立ったりするんですから
こんな私を死んだ父親は想像してたでしょうか、もっと頼りがいがあって
しっかり母親を支えてくれるとでも思って命を絶ったのでしょうか

父さん、あなたでさえ支えきれなかったのに、私じゃ無理ですよ
私は自分の家族でさえ守ることが出来ず、ましてあんな話の通じない母親を
どうしろと言うんですか。
それでもあなたは“お母さんのことを頼む”と言っているような気がするんです
悲しいけど、何故かそう思うんです
-2002/12/06 21:52:36-

Re:からまわり

【0252】 管理人

 クレマチスさん。
 お父様のこと、とても大好きだったんですね。クレマチスさんの優しさが、とてもあふれているように感じます。
 でも、クレマチスさん。亡くなったお父様、お母様のことを頼む、というようには考えていなかったと思います。
 確かに心配はあったかもしれません。でも、クレマチスさんが困るようなこと、お父様が考えていたとは思えません。

 きっとお父様は、クレマチスさんの幸せを、なによりも願っていたと思います。お母様のことを悪く言わなかったのは、それを言い出せばきりがなくなる、家庭が崩壊する、と感じていたからでしょう。内面的には、相当に苦しんでいたはずです。
 お父様が命を絶ったのは、そうした苦しみが、限界を越えるところまできてしまって、疲れきってしまったからだと思います。

 クレマチスさんがうつ状態になってしまうのは、幼少期のお母様の不適切な育児にあると思います。うつ状態は、休みが必要だということです。休んでいて当然なんです。家事ができなくても当然なんです。お母様とは違うんです。

 ただ、お父様は、クレマチスさんに、自分の苦しかったことを理解して欲しい、とは感じていたと思います。もう、そのことを理解してあげられたのですから、お父様も本望だと思います。

 お父様が一番望んでいるのは、クレマチスさんの幸せです。お母様とは、しっかりと距離をおきながら、自分自身を癒してあげてください。それがお父様の一番の望みだと思います。
 お母様も、歳をとるうちには、少しずつでも変わってくるかもしれません。老化というのは、良い方向に作用することもあるんです。
-2002/12/07 02:23:12-

Re:からまわり

【0257】 美江

クレマチスさん、こんばんは。このあいだはお優しい言葉を
ありがとうございました。私、このサイトを見つけてあの日は
母親のことを無我夢中で書きました。

クレマチスさんのことを後で知りました。
この〈からまわり〉を読ませていただいて、涙が出ました。
自分の母親のことと重なる部分があり、何でいまさらになって、
という娘とは思えない気持ちで揺れ動いてるのです。
 母親から受けた心と体の傷はいつまでたっても癒されません。私自身母親になりよく子供にあのようなひどいこと〈私が不細工だとか頭の天辺から足の先までいいところがないとか橋の下で拾ってきただとか〉言えたものだと思います。母親のせいで足の小指の爪はもう生えてきません。そのことを母親に最近になっていったところ忘れてしまったそうです。
 私も自分がひどい娘だと思ってます。具合が悪い母親を見てかわいそうだと思う気持ちと何をいまさらという気持ちで揺れ動いているのですから・・・・(管理人様のお言葉で、私のせいで、母親がうつ病になり、それは違うとありましたが、先生すみませんが、私は自分のせいだと悩んでいるのではありません。悩んでいるのは、以前に自分が受けたいろいろなことが浮かんできて、そういう母親に素直に優しく接することが出来ないのです。)
 ところで、クレマチスさん、私は私です。母親と同じではありません。子供には同じ思いを絶対にさせたくないですし、言われたりやられたりするものの気持ちも分かるので、人には優しくしたいです。

 お父さんはきっと素敵な方だったんでしょうね。私の父も優しいです。クレマチスさんのお父さんは、娘であるクレマチスさんを困らせるようなことはしないと思います。私も先生の意見に賛成です。どうかご自身を大切に小さなご家庭を大切にしてください。
 私は私です。他の誰でもありません。
-2002/12/08 01:52:41-




どうも

【0236】 threat

今自分の体をどうすればいいのか迷っています。
もうなにやら自暴自棄なとこが入ってますが、
所詮他人に苦しみをわかってもらうのは無理なんだと実感しました。
そして自分がとてつもない道化師なのではないかなんて思うのです。
体は実際検査などを受けてるわけではないですが何ともないでしょう。
しかし授業は出れない、出ても一時間耐えられない、といったありさまです。
自分は本当は元気なのにうそをついて授業をサボっているのか?とふと思います。
授業やその他ここからは出られないんだ、何度もトイレに行くと他人はどう思うだろうなんて思うともう体は反応してしまいます。最近はその反応が過敏でいったん思うとその思いはとどまることなく、そして苦痛が始まります。もうだめだと思ったとき、出て行くのです。実際にずっとその場にいるとどうなるのかはわかりません。
いても大丈夫なんじゃないか?と思ったりしますが最悪の事態を考えるとそんなことはできません。
もうどうしていいやらわからないのです。
-2002/12/04 02:27:43-

Re:どうも

【0237】 threat

続けて書きます。
もうどうでもいいなんて思うようになってしまいました。
何がというわけではなくすべてについてです。
勉強は受験目前なのにこうもやる気が起こらないものかと思います。
あと一年も受験勉強したくないので現役で受かりたいのですが、体の調子(調子といっても精神的なものだけですが)が悪いと勉強の意欲まで失せてしまうんです。
だれかにすべてを受け止めてもらいたいのかもしれません。
しかしそんな人がいるわけもなくただ自分で解決しようとしてもがいているのかもしれません。
-2002/12/04 13:31:07-

Re:どうも

【0238】 ジュジュ

threatさん あなたの苦しみを本当にはなかなか理解できないと思いますが
人に自分の苦しみをわかってもらいたいと思って 藁でもつかむ気持ちで 人に寄りかかった時に 
やっぱり解ってもらえなくて 寄りかかる前より苦しくなることがあったり
解ってもらったように見えても 「う〜ん わかっもらってない」と思うことがあったりするという 辛さは 
とってもよく分かります
わたしも 何十年もその気持と戦ってきました
あるときは そうか 人にわかってもらうことはなかなかできるものではない 
でも 私がこういう辛いことを経験することで いつか同じ辛さを味わっている人の気持をわかってあげられるかも知れない と思ったり
あるときは もう誰もわかってなんてくれないんだ 
自分は何て孤独なんだ と思ったりしました
それと 生きていくうちに 人との付き合い方のhow toが わかってきて 
楽に人付き合いができるようになる部分もあります
 私は何度もかきましたが 若いときは どうして生きていけばいいのか 「この人とは? この場面は?」と毎日毎日が辛かったです
相手が少しでも顔がゆがむと 
自分は何か間違ったことをしたのか 何で自分はいつもコウなんだ
生きていくのは難しくて辛いと思ってしまってました
もちろん 楽しい時もありましたよ
ところで theatさんは 今悩んでいる場合ではないと思っているのでしょうか 
年が明けたら センター試験があるし、、、と思って
でも 大丈夫ですよ 
なんか 頭の中は不思議で 
ずっと勉強し続けていて 何かでやすんでも 頭はちゃんと勉強し続けているんですって
そして ゆっくり休んだ後 わからない問題が急に見えてきたりするようですよ
急がばまわれで 数日間でも ゆう〜っくりすれば らくになるかもしれませんよ
うまく 書き込めませんでしたが、、、  ごめんなさい
-2002/12/04 20:54:39-

Re:どうも

【0241】 管理人

 threatさん。つらい状態に自分を追い込んでしまっていますね。
 やる気が起きない、体が自由にならない、思考が制御できない、これは確かに、とてもつらいと思います。一種の強迫観念のようになってしまっているようですね。

 今の時期に、ちょっとゆっくり休んで、もう一度志望校、将来やりたいことなどについて、考えてみたらいかがでしょう。
 こんな場合の考え方には、ちょっとしたコツがあります。
 絶対に将来こうはないたくない、とか、こういう人生だけは歩みたくない、ということについて、思い浮かべてみます。そして、どうしてそれが嫌なのかを、自分自身に問いかけてみるのです。
 このような思考の進め方をしていると、自分自身の意外な面が見つけられることも多いです。そこからさらに自分の気持ちを探っていくと、自分自身の変なこだわりに気づくことができると思います。

 他人に自分の苦しみをわかってもらう、これは確かに無理な場合が多いです。でも、体の調子と心の調子、この二つは本来同じものですから、差別することはないと思います。
 ゆっくりとした休養と、精神科かメンタルクリニックでの治療が必要だと思います。
-2002/12/05 00:26:32-

Re:どうも

【0246】 threat

別に悩むこと、考えることが時間の無駄だとは思っていません。
今までも悩んでいる時間は他人より多いと思っています。
ただ悩みすぎて行動に移せなかったことは後悔として残っています。
休み休みは自分ではしていると思っています。
ただ本当の休みがよくわかっていないのかもしれません。
学校を休んだところで悩む時間が多くなり、余計なことまで考え、落ち込んでしまいます。
いつからか本当の息抜きを忘れ、できなくなったのかもしれません。
なにをやってもいつからかどこかに満たされない思いがあることに気づいたのです。
そしてそれが溜まりにたまり、春のきっかけから爆発したようにあふれ出ているのかもしれません。
それは出たからといって埋蔵量が減るわけでもなく、底知れなく、続けて出てくるもののように感じます。
将来したいことなどは一応明確に決まっているのです。
そしてそれをやるためにふさわしい大学を選んでいます。
学校に普通に行ってた時には見えなかったものがたくさん見えるようになりました。
本心としては学校に行って、めんどくさいだ、眠いだとみんなと話しながら授業に出たいのです。
ただそれができないのが辛いのです。
受験が終わったら遊びに行こうなどとはみんないいますが、この体の状態ではそれすらできないのかと嘆くばかりなのです。
-2002/12/06 01:19:05-

Re:どうも

【0247】 ジュジュ

threatさん どうですか
余談ですが 私の息子と私のこと 書いてみたいと思います
息子は 高1の時 学校には一応行くのですが 帰ると寝るかボーっとテレビを見ているかでした
私は 自分が大学受験というのを経験していないので
そんな息子の姿が受け入れられず このままではどうなるのかと心配で心配でなりませんでした
でも 息子も苦しんでいるんだとぼんやり感じていて 今は止まっていても必ずや立ち上がると 子供にではなく自分に言い聞かせて毎日を暮らしていました
自分が子供の時 勉強しなさいと毎日ガミガミ言われていたので
息子には がみがみ言ってはいけないと じっと我慢していて ここという時に 考えた末の バシッとヒットの一言(息子にとってはグサッと胸に刺さる言葉)を言ってました
でも どんなに私が100回に一回しか言っていなくても 私の心からあふれ出る心配はきっちり息子に伝わっていました
また 主人は息子とは 他の話はほとんどしないのに 顔を見ると勉強しているかというので あるとき その言葉を聞いたとたんにぶっ倒れてしまいました
とにかく 高2の文化祭まで 学校でも死んだような目をしていたようでした
その息子の辛い時 私は息子が辛いことから逃げているとしか思えず たまにいう私の息子への言葉かけが
「逃げてるのと違う? 逃げたって問題が追いかけてくるだけよ」でした(ああなんてことを 言ったんでしょう 息子はどんなに自分を追い詰めたことか)
アレから数年 わたしも病気が発症して(まえから兆候があったのですが)いろいろ自分の親のことを考える上で 自分の子育ても考え直して見ました
そして 数ヶ月前 息子に
「お母さん あなたに 謝らないといけないことがあるの」
「???」
「お母さん高1の時から あなたに 逃げたらだめよって いってたでしょ ごめんね」
「ううん おれ 逃げてるから」
その後も 息子の未だに自分を肯定できずに相変わらず逃げている姿に まだ 私の魔法が解けていないことに気づき
きのうになってやっと
「あなた 自分が好き?」と息子に聞くと
「きらい 自分が少しも肯定できない」といいます
そこで 「あなたが 逃げてるって言ったことごめんね」と再度言うと
また「俺は逃げてる」というので やっぱりと思い
「お母さん あなたの魔法を解くの忘れてた あなたは逃げているのと違うのよ 自分の心が辛くて耐えられないから 楽なところにいるだけよ それでいいのよ あなたはそれでいいのよ ゆっくり避難してね」というと 久しぶりに 明るい顔になりました
threatさんは 私の息子と年が似ているので 
つい 私の子育て失敗談を書いてしまいました
私は ここで 親のことひどく書きながらも 自分もひどい親でした(涙)
-2002/12/06 07:45:49-

Re:どうも

【0248】 threat

子育て、まだそういう年ではないと思っていますが、同じ小学校だった人に子どもが出来たと聞き、ああもうそういう年なのかと思いました。
ずいぶんと違う人生を歩いているんだなと感じたのです。
この病気(本当はあえて病気と言いたくないのですが)になってからというもの、逃げることはもう毎日のようになりました。
一年前の自分なら努力すれば何でも解決できる、そしてうまくいかないことは自分の努力が足りないからだと思っていました。
でも今は勉強だってやりたくないときにやらなくたっていいじゃないか、そして努力してもダメなことはあるんだなんて思うようになりました。
これは自分が弱くなったってことなのでしょうか?
実際、行く場所行く場所でこの病気の場合、頑張ってメリットなんてものはありません。あるとしても他人に普通の人だと思われることぐらいでしょうか?そんなことはもうどうでもよくなりました。所詮他人なんて関係ない人だし、どう思われてもいいって思うんです。母親がすごく他人を気にするのでそのせいで細かいことまで気にする人間になってしまったのではないかと考えたりします。
もし自分に子どもが出来たら、その時は人の目をあまり気にせず、自分のやりたいことを臆することなくできる人間になってほしいと思います。そういった点では世間を気にする日本よりも個人主義の進んだ外国ならよかったのかななんて思います。
-2002/12/06 13:48:42-

Re:どうも

【0249】 ジュジュ

 threatさん わたしも 病名をもらってから 弱くなりましたよ
その前は モーゼの十戒のように これはいけないアレはいけないと
自分を様々な戒律で締め付けていたので
生きる方向が決まっているようで 強かったように思います
次に行動する時に確信を持って行動できるんですからね
でも なぜか 病気になってから 不思議なんですが なんだか 背骨が抜かれたようでフニャフニャになりました
今までの枠組みが 崩れたんですね
十戒を10回以上破りました(おじギャグでした 笑)
どう生きたらいいかわからなくて 
もちろん体も動かなくて骨なしですが 心も誰かに縛ってもらわないとばらばらになりそうで 今も もがいています

外国 いいですね! 
threatさん 世界は広いですよ
若いあなたは どこにでも飛び出せますよ!
-2002/12/06 17:10:12-

Re:どうも

【0251】 管理人

 threatさん。
 とても考え方が柔軟になってきましたね。良い傾向だと思います。そしてひとつ、心の問題点が見えてきたように思えます。
 世間体ばかり気にする親というのは、神経症なんです。心の奥で自分自身を否定しているため、しっかりとした価値観を持てず、世間一般の価値観にしがみついているんです。そういう親に育てられると、子供はやはり神経症的になります。

 それから、いろいろなことが受け入れられるようになってきて、「自分は弱くなった」と感じているようですが、そうではないんです。自分の弱さに気づいた、ということなんです。
 人間は誰でも、とても弱い存在です。でも、その自分の弱さを見ようとはせず、無理して生きている人がたくさんいます。そんな生き方をしていれば、ひどい病気になったり、事故にあったりしやすくなります。

 threatさんは、今回の心身の不調で、そのことに気づけたわけです。これは、とても大きなことです。あとは、その弱さを分析して、どんな生き方をしていくのが、自分に一番ふさわしいのかを、見つけていけばいいと思います。
 ある程度の時間が必要になるとは思いますけど、まだまだ若いのですから、全然気にしなくていいと思います。世間体を気にしすぎる親のことは、放っておいてください。そして、自分探しの心の旅を、始めて見てみてください。
-2002/12/07 01:59:43-







母のこと

【0243】 美江

こんばんは。始めまして。皆さんよろしくお願いします。
母のことで苦しんでます。母は、もう7年も前に更年期障害と
診断されました。めまい、吐き気、いらいらなどありとあらゆる
タイプの症状が出て、医者にもしつこいぐらい通ってます。
この春に、私が「更年期は産婦人科医がいいらしいから、行ってみよう」と誘い、ホルモン剤を飲み始めて少しよくなったと思ったのですが、10月ごろから言動のおかしさに気づきました。
この母と私は、以前から馬が合わず(母はそうは思ってないかも)
私は拾われてきた子供だとずっといわれていたし、私自身が学生の頃どうしても解決できない問題があり、母に精神科を受診したいといったところ「そんなところは普通の人が行くところではない。」ときっぱりと見捨てられ、「自分の心が弱いから。。」と相談にも乗ってもらえず、悲しい思い出ばかりです。まだまだありますが、
あまりにも悲しくなるので、今は言いたくありません。
 言動のおかしさの一例ですが、この10月に、息子の運動会にお弁当を作りました。友人も駆けつけてくれ、母も孫見たさに来てくれました。お昼の時間になり、前日とっても時間がかかったおべんとうをみんなで食べていると、「あんまりおいしくないなぁ、あんた(私のこと)料理へただね。」と言いました。私自分で言うのもなんですが、料理には自信があります。そして、運動会の競技も始まり、お友達がパパとの競技に参加しました。パパがおんぶをして騎馬戦だったのですが、その姿を見た母が、大きな声で、「こうしてみてるとちょっと知恵遅れの子供みたいな動きで、馬鹿みたいに見えるね。」と私にいました。周りにももちろん聞こえていたし、何よりもそんなことを平気な顔をしていっている母が信じられませんでした。せっかくの子供の晴れ舞台だし、家に帰って落ち着いてから、電話で今日のことを抗議すると、今度はうって変わったように猫なで声で、あやまるのです。「お弁当は本当はおいしいと思ってたよ・・・私が言ったことは他の人には聞こえていないから大丈夫だよ・・」と。私はあまりのばかばかしさに電話を切ってしまいました。そのあと母のところに2週間ぐらいしていってみると、目はうつろだし、何日もお風呂にも入っていないようで、ただ横になっているだけ、家事も仕事もほとんど行っていない様子でした。
私はこの母を好きではないけれど、とってもかわいそうになりました。父と相談して、11月の末に精神科の門をたたきました。診断は「うつ病」です。私には信じられません。あんなに気丈で、人一倍負けん気が強くて、地球は私中心で回っているみたいな母がうつ病なんて。お医者様いわく、「きっと今までお母様は何でもこなしてしまう人だったのでしょうが、更年期障害という壁にぶち当たって、どうしても乗り越えられないのでしょう・・・今は、家族全員でお母様をいたわり、でも決して励まさなくてもよいから、理解を示してあげてください。心の重さが少しずつ取れれば必ずよくなります。」と言ってくださいました。

 私はこの母のことを憎んでいました。でもたった一人の母です。
母と病気と気長に付き合っていこうと思ってます。母も薬のおかげでしょうか?少し前の母とは明らかに違ってます。そして自分が「うつ病」であることを認めています。睡眠も十分に取れるようになったようで、私にも優しいです。と言か以前の私に対する言動は忘れてしまっているみたいです。

 私の心の中には(母親は病気だったんだから、あんなこと言っても仕方がなかったんだ・・だから優しくしなくてはいけない)の繰り返しです。でもどうしても割り切れない部分があって、こんな時間になっても眠れないのです。
 なんだか支離滅裂な文章ですみません。誰かに聞いてもらわないと自分がどうにかなりそうです。


-2002/12/05 01:12:44-

Re:母のこと

【0244】 クレマチス

はじめまして、すっかり常連となったクレマチスと言います。
ここに来ると、世の中の母親ってみんな人格が破壊されているのかと
錯覚してしまうほど、皆さん問題を抱えてますよね
私の母も例外ではなく、今までここでたくさん母のこと書いてきました
それでも、自分の中ではまだまだ言い足りないことも多く、
「そういえばあんなこともあった、これも書けばよかった」と
母への状態が温泉のごとく(笑)湧いて出てきます

私の母も発言は強烈です。テレビ放送なら全部“ピー”で終わるかと
思うぐらい差別発言や相手を傷つける事を言います。
でも自分が言われたら一生根に持っているんです。
前は私が娘で良かった、これがお嫁さんだったら悲惨だった、
なんて思っていました。でも今はその逆です
お嫁さんなら他人なんだから見放すことができたのに、です
自分が息子だったらそれはそれで大変なんでしょうけど、どうして
実の娘ってはこんなに母親のことで悩まなくてはならないのでしょう
管理人様もおっしゃっていましたが、本来なら親が娘の幸せを幸せと
感じなければいけないのに、私達は親子の立場がいつの間にか逆転しています
自分の中途半端な“優しさ”がますます母親を子供にさせているのかも
とも考えます。
わたしはその中途半端な優しさは捨てることに努力しようと思います
自分を育ててくれた親なんだから、という感謝の気持ちはあっても、
自分たちの家庭を壊すような母親は必要ありませんから
そうしなければ、自分も将来子供にそうしてしまうような気がするんです
自分の代で終わりにしたいんです。そういう変な親子関係を。

-2002/12/05 10:43:57-

Re:母のこと

【0245】 管理人

 美江さん。はじめまして。
 ちょっと混乱されているようなので、きちんと整理してみましょう。まずは、お母様のうつ病発症以前の話です。
 お母様は、かなり気性が荒く、人格障害っぽいところがあったようですね。家族が精神的に苦しんでいるとき、精神科や神経科の受診を妨害するのは、自己愛性人格障害の人によく見られる傾向です。
 また、まわりの人を平然と傷つけるような言動を繰り返すのも、やはり自己愛性人格障害っぽいですね。
 きっと美江さんは、小さいときから、お母様の温かい心、あまり感じられなかったのではないでしょうか。

 そんなお母様を嫌っていて、お子さまの運動会のあとケンカになった、ということですね。そして次に会ったとき、うつ状態になっていたんですよね。

 たぶん美江さんは、お母様のうつ病発症と、お子さまの運動会のあとの口ゲンカを、結びつけているのでしょう。また、お母様が運動会のときにひどいことを言ったのも、うつ病のせいだとお考えのようですね。

 この2つの出来事は、関係ないと考えてください。
 ちょっと冷たい態度をされたくらいで、そんなに簡単にうつ病になるはずはありません。また、うつ病の人が、まわりの人を傷つけるような話をすると言うのは、聞いたことがありません。
 たまたま、運動会のあとの口ゲンカとうつ病の発症が、続けて起きただけでしょう。それを結びつけて罪の意識を感じるのは、無意味なだけです。

 うつ状態は、人生の転機、それまでの生き方を変えるとき、と考えることもできます。特に自己愛性人格障害っぽい人がうつ状態になった場合には、ある意味で、人格障害が癒される機会でもあります。

 このへんの話しは、とっても迷惑なナルシシズム( http://iyashi.find21.net/column/c008tottemo.html )を読んでいただくとおわかりいただけると思います。

 今のお母様は、きっととげとげしさがなくなって、とても優しくなられているのではないでしょうか。その優しい姿が本来のお母様の姿だとお考えになってはいかがでしょう。
 美江さんのお母様は、強く生きるために、自己愛性人格障害っぽい、とげとげしさを装っていたのでしょう。その仮面が剥がれて、本来の優しい姿が現れたのだと思います。

 うつ病患者の家族は、患者を励まさない、負担を与えない、無理をさせない、ということと、自分自身を責めない、ということが大切です。そうしないと、家族もうつ病になってしまいます。
-2002/12/06 01:07:36-




無駄なことなんて

【0239】 クレマチス

自分の事わかってもらえる人が、一人でもいたらそれだけでいいんでしょうけど
自分で選んだパートナーでさえ重荷に感じて、結局自分でもわからない事を人に
理解してもらおうと思うこと自体が無理な事だと思います(冷たいですね、私)
分かってもらいたい人はいますけど、それは夢のような話で、人に話せばきっと
まだ引きずってんの?と笑われそうな相手です。

私が行ってた高校はいわゆる進学校で、大学へ行くのが当たり前で受験近くになると
就職組はゴミのような扱いで、授業によって進学組とそうじゃない組に別れるという
その当時は珍しかった学校でした(今は普通なんでしょうか)
ひねくれ者の私は学校のそういうシステムが嫌いで、直前で大学進学をやめました
受験勉強がイヤだったのではなく、目的もなく皆と同じ選択をするのに違和感を
感じただけなんですけど、ある意味考え無しというか、無謀ですよね。今思うと

30代も半ばになっている私が言うのも変ですけど、中身はその当時と
あんまり変わってないんですね。
頭の中の楽しいことと言えば(イヤなことはいつもここで吐きだしていますから)
好きな人や音楽、好きなお店、大好きなこの家。
調子の良いときはそんなものに囲まれている自分に幸せを感じています
でも、たまたま今日好きな人の夢を見て、目が覚めたときにまだ彼の空気が
残っていたような気がしたんです。それだけでどきどきして、
私ってバカだなぁーって、でもしあわせを感じることをできるんです

現実世界を生きてないですね、これって
だって、私が会いたい人はみんな死んでるか、手の届かない人ですから
そんなふうにしか、幸せを感じられないけど心の中でみんな生きてますよ

夜中に砂浜で花火をしたり、車が埋まってみんなで砂まみれで押したり
酔っぱらって道端に寝ころんで星を見ていたり
ポンコツ中古車でみんなで初日の出とか、もうバカばっかりやってて
無駄な事だらけ、でも今考えるとどれも無駄じゃなくて全部私のたからもの。
今の自分の状況を思うとそんな頃がきらきらとまぶしいです

かろうじてその想い出と、好きな人と、死んだとうさんやばあちゃんに
がんばれと支えられている気がします
つらいときはなおさらです。
主人はは“おまえは過去にしか生きていない”と言います
その通りかもしれません
だって、今はそうするしか毎日を人並みに生きる方法が見つからないんです
-2002/12/04 22:13:35-

Re:無駄なことなんて

【0242】 管理人

 クレマチスさんの書き込みを見ていて、すごく共感しました。
 私も、10代、特に中学や高校の頃、馬鹿なことばかりやっていました。朝方まで飲んだくれたり、徹夜で麻雀をやったり、正月でもないのに突然朝日が見たくなって夜中から海に出かけたり、学校をさぼって、近くの河原で長時間雲を眺めていたり、ロケット花火で戦争ごっこをしたり(とんでもなく危険ですが)。
 でも、こういう想い出って、いつまでも、心の支えになりますよね。

 とてもかわいがってくれた、もう死んでしまった人に、無性に会いたくなること、ときどきあります。まさに、キラキラと輝く過去のひとときです。

 初恋の人、好きだった人、夢に出てくると、やっぱりドキドキします。そして、心がホカホカしてきますよね。でも、こういうことが心の支え、非日常的な幸せだからといって、過去に生きているとは思いません。
 結局、未来というのは、過去のなかにしかないんです。人間が思いつく未来は、過去と同義なんです。だから、気にしなくていいと思います。過去のキラキラとした想い出って、とても強力な癒しだと思いますから。
-2002/12/05 01:04:54-




Notitle

【0235】 ジュジュ

管理人様 私が学生の頃の友達とあって 深い話になると
親との関係についてとなります
自分の子供が大きくなっているのに まだ親との関係をみんな引きずっているのです
多分私が一番引きずっているのでしょうけれど、、、
親という名前の子供が 愛情と恩返しをくれと 迫ります
この子供は私の子供達の優しい祖父母でもあります
うちの場合は 母ですが 惜しげもなくお金を使い 無くなれば 父にくれといいます
親の貯めたお金 何にどう使おうといいのですが あまりの意味のない浪費に目を覆うばかりです
私は あまり知らなかったのですが 近くに住んでいる妹がいいます
人に頼まれたらなんでも引き受ける代わりに
私や他のものがちょっと注意すると すねてしまって 結局近くにいる父が辛い思いをするのです
そんなこと知らないから うちの子供や私にどんどんものを買って送ってくれるのを折角だからと ありがとうといっていました
でも もらうものは 私には役に立たないものばかりで値段ばっかりたかいのです それは必要ないといってもききません
妹が言うのに 底がつけば 気がつくだろう それまでは無理だといいます でも 父がつめに火をともすように貯めたお金 もう老後のお金もないそうです
もう一人の妹のお姑さんも家のお金や子供のお金やいくらでもつかってしまい 家の中は火の車だといいます
どの母もあまりにも強いので だれもとめることができないのです
それと 母は昔から 話があまりにもばらばらととんで 話をしていても ついていくのに大変です それでいて これはナイショという話をするときだけは なぜ内緒にしないといけないかということを理路整然とはなすのです 
本当にみんなを振り回してしまい 遠くに離れながらも 
時々行って 抱きしめてあげたら 母も落ち着くかなあとか
母が無駄なことに動力を使っていて それが竜巻のように周りを振り回しているなんて
わたしに 何か出来ることはないかと考えてしまいます
なんといっても わたしを育ててくれた親ですから
-2002/12/03 13:04:11-

Re:Notitle

【0240】 管理人

 確かに、親に対して、自分を育ててくれたという気持ち、大切なものだと思います。でも、心の病気の原因を作ってしまうのも、たいていは親なんです。

 自分の子供ができて、親になると、子供を育てるという責任が生じます。その責任を果たすことは、立派なこととか、偉いことではなく、ごくごく当たり前のことなんです。もちろん、その責任さえも果たせない親がとても多いので、困ってしまうのですが。

 親に対して、感謝の気持ちを持ち、恩返しをしたい、と感じるのは自然なことです。でも、ちょっと考えてみてください。もっとも理想的な親に対する恩返し、または親孝行とは、いったいなんでしょう。
 私は、子供が本当の意味で幸せ(ありのままの自分自身を完全に肯定できているということ)でいることだ、と思います。ふつうの親なら、子供が幸せでいることが、一番うれしいはずです。この親の気持ちをかなえてあげることが、もっとも理想的な親への恩返しであり、親孝行だと思います。

 まわりの人間を振り回して不幸にするような親は、やはりしっかりと距離をおいて、近づかないことです。そして、まずは、子供の幸せを第一に考えるべきでしょう。もし、自分の親が人格障害だとしたら、親しくしていると、自分の子供の心にも大きなダメージを与えてしまいます。
-2002/12/04 23:59:23-






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produced byYuki Tachibana