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共通掲示板 過去ログ 2004年05月23日〜



はじめまして。。。 投稿者:m・h 投稿日:2004/05/18(Tue) 13:32 No.1513
父の鬱病の事で悩んでいます。7年の間入退院を繰り返していて、現在は自宅で1日のほとんどを寝て暮らしています。病院には薬だけをもらいに、通院しています。この先一生今の状態や生活が続くと思うと、不安です。本人が一番つらい事は、よく分かっています。でも、、、私自身、父の顔を見ていると、腹立たしく思え
自分の感情がコントロールできなくなってしまいます。父に対してのやさしさがなくなってしまいます。早くこんな地獄の日々から開放されたいです。


Re: はじめまして。。。 管理人 - 2004/05/19(Wed) 00:34 No.1520

 うつ病の家族の方、本当に大変だと思います。しかも、7年間も。お気持ちお察しします。
 でも、どうでしょう。もしかしたら、ほかの治療法はないのでしょうか。担当医の方と相談したことはありますか。
 あまりにも長いあいだ、重い症状が出ずに、ずるずると続く場合、ほかの治療法も試してみるべきだと思います。
 うつ病治療は、ただただ休むだけでなく、何かをすることで(作業療法と言います)、生きる自信をつけていくということも、大切だと思います。
 大変だとは思いますが、何か解決できる可能性の方へ進んでいく方が、m・hさんの精神状態も、よくなってくるのではないかと思います。


Re: はじめまして。。。 m・h - 2004/05/19(Wed) 15:54 No.1532

ありがとうございます!!!お返事頂けただけで、本当にうれしいです!やはり、周囲には理解してもらえる人がいなくて、長い間家族で苦しんでいました。聞いて頂けるだけで、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。お返事を読んだ時少しウルウルしてしまいました・・・

現在に至るまで、担当の先生に相談できるまで、いろいろあるのですがきいて頂けますか??

体験談≠フようになるのですが、そのような事を投稿させてもらってもいいのでしょうか???




Re: はじめまして。。。 管理人 - 2004/05/19(Wed) 22:23 No.1537

 いろいろと大変なことがあったご様子ですね。私も、よくわかります。本当に大変なことばかりでしたから。
 どうぞ、体験談、どんどん書いてください。


Re: ありがとうございます m・h - 2004/05/21(Fri) 12:19 No.1544

父が発病して7年がたちます。この7年間の地獄のような日々・・・簡単にまとめてみます。。。

父は現在68歳で、これまでの人生、仕事一筋に生きてきた人でした。仕事一筋の父が60歳で定年を迎え、これから第2の人生が始まる・・・と言う頃から少し様子が変わってきました。特別趣味のない父は定年してから、外へ出かける事もなく、家でゴロゴロしていました。そのうちだんだん部屋に閉じこもるようになり、ご飯も食べなくなり、お風呂にも入らなくなって行きました。お腹がすくと、母が用意した物ではなく、誰もいない間に炊飯器の中のご飯をそのまま手づかみで食べたり、砂糖をそのままなめたりしていたようです。

『お風呂に入れ』『ご飯を食べろ』とやさしく言っても全く言う事を聞いてくれませんでした。そんな毎日の繰り返しで半年が過ぎ、とうとう幽霊≠フようになってしまいました。
髪の毛は肩まで伸び、着ている服は半年以上着替えていないので、真っ黒であか≠セらけ・・・勿論異臭≠烽烽フすごいものでした。言い方が悪くて申し訳ないですが、まるでホームレス(ごめんなさい)の人と一つ屋根の下で暮らしているような・・・

この状態がしばらく続きました。これが《1回目の地獄》です。。。


Re: 続きです・・ m・h - 2004/05/21(Fri) 12:46 No.1545

1回目の地獄が始まり、家族全員本当に、毎日現実から逃げ出したい思いでした。父は毎日幽霊のように家の中を彷徨い、家族とは、口も利かないくせに、私たちの行動だけは怖いくらいに監視していました。自分の部屋のドアから、目だけをソッと覗かせて・・・私が仕事へ出かける時も、フッとベランダの窓を見上げると、父が幽霊のように覗いています。もう限界でした。言う事を聞いてくれない父に対して正直、もう愛情≠烽ネく、憎しみ≠セけがこみ上げてきた事もあり、父を怒鳴りつけたり、暴力を振るった事もありました。

・・・この時私たちは『鬱病』と言う病気の事は全く知りませんでした。
ちょうどこの頃、兄が仕事の関係で、遠い所へ引っ越さなければならなくなり、兄もこのままではダメだと思ったのでしょう。イヤがる父を無理矢理車に乗せ、病院に行きました。

・・・しかし、そこの病院では、診察を受けただけで、相手にしてもらえませんでした。その後兄は、会社の上司に相談したところ『市に相談してみるといい』と言われ、さっそく市に電話をして、自宅まで診察に来てもらいました。
そして。。。やっとの思いで父を精神科へ入院させる事ができたのです。


Re: そして・・・ m・h - 2004/05/21(Fri) 16:19 No.1547

父の入院は3ヶ月・・・母と私にとって、つかの間の3ヶ月でした。自宅に戻って来た父は、3ヶ月もたたないうちに、また部屋に閉じこもるようになりました。ここからが2回目の地獄の始まりでした。。。

また入院する前と全く同じ事の繰り返しでした。風呂に入らない・ご飯は食べない・・・前以上にひどいものでした。(汚い話でごめんなさい・・・)今度はおもらし≠するようになり、しかも自分の足で踏みつけて、家中を歩き回ったり、大便≠自分のカバンの中に隠したり、、、

またまた、こんな状態が半年続きました。本当に苦しかったです。『いつまでこの地獄が続くのか?』『父は一生このままなのか?』誰にも相談できず、ストレスは溜まる一方・・・

この怒りをどこにぶつけていいかわからなくなり、時には父に怒鳴ったりしてしまいました。いくら私が怒鳴ったりしても、父には通用しません。他人事のように、いつも知らん顔をしていました。そんなある日、私の怒りが爆発し、ついつい大声で怒ってしまいました。すると父は子供のように大声で泣き出し、『悪かった・悪かった。』と繰り返しています。初めての事だったのでビックリしました。

それから、しばらくして、担当の先生にお願いしてまた1年前と同じように無理矢理入院させました。



Re: はじめまして。。。 管理人 - 2004/05/22(Sat) 01:09 No.1552

 なんともすごい体験談ですね。本当におつらかったこと、よくわかります。お父様、生活環境の変化のなかで、自分は何のために生きていけばいいのか、といったことが、うまく見つからなくなってしまったのかもしれませんね。
 趣味もなく、仕事一筋で生きてきた人が定年を迎えると、すべてを失ったように感じてしまうのかもしれません。
 今までは、仕事のなかで、自分が必要とされていた、つまりはハッキリとした自分自身の存在意義が実感できたわけですね。それがなくなってしまって、どう生きて行けばいいのかわからなくなってしまった状態だと思います。


Re:その後・・・  m・h - 2004/05/24(Mon) 15:12 No.1595

2回目も入院は3ヶ月でした。退院して自宅に戻った父を見るのが本当に怖かった。「一生こんな事の繰り返しか・・・?」
また同じ様に部屋に閉じこもる日々が1年程続きました。「また地獄が・・・」と思いました。しかし、今度の父を見ていると、以前と少し様子が違います。だんだん外へ出かけるようになり、散歩へ行ったり、よく母と2人で映画を観に行ったり・・・働いていた頃の父よりも、逆に明るくなりました。本当に『よかった!』と思いました。
それからは、今まで無趣味だった父が遊び程度のパチンコ・競馬などのギャンブルをしたり、大学時代の後輩に弁護士さんがいて、その弁護士事務所の手伝いをして、小遣い程度のお給料をもらったり、その弁護士さんとよく遊びに行ったりするようになりました。遊びに行った時の事、仕事であった事など、よく私たちに話をしてくれました。ある時はパチンコでもうかったから・・・と母と私にお小遣いをくれました。『父が私にお小遣いなんて!!!』。。。。信じられませんでした。幼い頃から、父に何かをねだっても何一つ買ってもらった事がなかったからです。こんなにうれしそうな父を見るのは生まれて初めてでした。働いていた頃の父は近所の人にもろくに挨拶もせず、無愛想で、家族にも話しをする事はあまりありませんでした。
そんな父がいろんな人と話しをして、友達もできて、父の人生は『これからスタートするんだ!』と思ったら、本当にうれしかったです。そんな幸せな毎日が続きました。


Re:  m・h - 2004/05/24(Mon) 15:50 No.1596

それからは、毎日外へ出かけたり、母と買い物に行ったり、父は毎日楽しそうでした。すっかり父も良くなったので、私も安心して結婚する事ができました。私が家を出ると父と母の2人になってしまいます。兄は仕事の関係で遠いところにいるので、せめて私だけでも・・・と思い、新居は実家の近くで探し、主人も協力してくれて、私も新しい生活がスタートしました。

父は相変わらず毎日調子が良さそうで、パチンコ・競馬・スピード宝くじなどでかなりもうけていたようです。
弁護士事務所の方も忙しいらしく『今から会議で遅くなりそうだ・・』『今、北海道にいる・・』『人探しで、今から広島まで行ってくる』など、父の行動範囲はかなり広がって行きました。そして、バイクを買い、バイクで行動する事が多くなりました。『そんなに仕事が忙しいんだ・・』と思いましたが、
でも以前の<地獄>を思い出すと「父の好きな様にさせてあげたい」と思ったのであまり注意はしませんでした。
自由にしている父は本当に幸せそうでした。


Re: 続き・・・ m・h - 2004/05/24(Mon) 20:10 No.1599

父が毎日のようにバイクでいろんな所へ出かけるようになり、2・3日、家を空けるのは当たり前になって行きました。
そして、ある日・・・いつもの通り私は仕事に出かけました。でも、めずらしく通勤の途中で母からの電話です。『お父さんが・・・』父が朝の5時頃にバイクで事故をして、病院に運ばれた・・・とのことでした。幸いかすり傷ですみ、脳のCTにも脳波にも異常がないと言う事でした。私はすぐに病院へ急ぎました。そして、父は何も異常がないので1日で退院することになりました。

しかし・・・家に帰ってきた父の様子がおかしいのです。事故をした事も覚えていない、どこへ行っていたのか?何をしてたのか?おまけに私の事を自分の妹だと思っているようで、話をしても全く会話になりません。昔の話ばかりするし、突然歌を唄いだしたり、訳のわからない事ばかり言っていました。

3回目の地獄の始まりでした。。。
真夜中にフラフラした足取りで出かけようとしたり、タバコは火をつけたまま置きっぱなし、小便≠ヘ部屋中まき散らし、大きい方は垂れ流し・・・もう絶対に目を離せなくなりました。母も私もしばらく仕事を休み、父との戦いが始まりました。ちょうど事故をした週の金曜日に病院へ行く予定の日でした。父には『事故で運ばれた時の病院にもう1回来て下さいって言われている』とウソをつき、精神科へ連れて行きました。


Re: そして m・h - 2004/05/24(Mon) 20:46 No.1600

病院で受付をすまし、待合室で待っている間も父はウロウロと歩いたり、看護士さんに一生懸命話をしています。『昨日、ヤクザとけんかした』『今さっきヤクザを殺してきた』など、相変わらず訳のわからない話をしていました。

やっと名前が呼ばれ、母と私はこれまでの父の様子を先生に報告しました。すると先生がまず初めに言った事は
『2・3ヶ月前からつじつまの合わない事を言っていたので、ご家族の方に連絡しないと・・と思っていたんです』
・・・驚きました!!!だったらどうしてもっと早く言ってくれないのか???私はこの時点で先生が信用できませんでした。入院する事をお願いしても、『薬で様子を見てください』の一点張りでした。

しかたなく父を自宅に連れて帰りました。「また次の週先生にお願いしてみよう・・」と母と2人で頑張ることにしました。

そして地獄の1週間が過ぎ、もう1度病院へ行き、父の様子を先生に伝えました。何度頭を下げても先生は『薬で・・・』と言うだけです。
毎日父は夜寝る事もなく行動し、先生から「アルコールは絶対に飲ませないで下さい」と言われていたんですが、父は言う事を聞きません。お酒を取り上げると、フラフラの足で近くのコンビにまで買いに行くのです。父の後をコッソリつけて行きました。するとレジの人に文句を言って怒ったり・・・そんな父をみんな振り返って指を指しています。ショックでした。。。自分の父親が指を指されて笑われている・・・
こんな日が続き、私が自分の家に帰るのは、毎日夜中3時・・・
そして1週間がすぎ、また病院へ連れて行きました。


Re:  m・h - 2004/05/24(Mon) 21:35 No.1602

3回目の病院です。もう1度先生に入院できるようお願いしました・・・でもやっぱりダメでした。自宅に戻った父は相変わらずです。私も母の事が心配だったので仕事中に何度も電話をしたり、もし、父が暴れたりして母を殺したりしないだろうか??などいろいろ考えて仕事も手につきませんでした。
父は私がかけた電話を母が浮気をしている!などと言いだし、NTTに電話をかけ、<最終履歴>を調べたり、応対した人と喧嘩したり、大変な毎日でした。


そんな中、もうすぐ父の誕生日でした。何も知らせていなかった兄は、プレゼントを持って実家に帰ってきました。
兄に知らせなかったのは、兄の奥さんが臨月だったんです。以前残念な事に流産してしまったのでよけいな心配をかけたくなかったからです。

兄は父の様子に気がつきました。そして兄に全てを話しました。
後日、兄が帰ってきて、何枚かの紙を私に見せました。そこには、兄がインターネットなどで調べた事が細かく書いてあります。それは《躁うつ病》についての内容でした。
その内容を見て驚きました。すべて父の行動・言動に当てはまります。<明るく楽しく気分は爽快><じっとしていられない><暴飲暴食、多弁><数十万もする買い物をする><疲れを知らず、夜も寝ない>

すべて当てはまっていました。事故をする少し前に60万もする絵≠買っているし、知らない人とすごく親しそうに話をしたり、自分が書いた記事が新聞に載っている・・・など。

今までの父の行動は『病気が治った』とばかり思っていました。でも・・・そうではなかった事・・この時初めて知りました。



Re: はじめまして。。。 管理人 - 2004/05/26(Wed) 23:44 No.1628

 なるほど、躁うつ病の疑いが濃厚となってしまったのですね。本当に大変だったでしょう。
 躁うつ病は、0.7〜1パーセント程度の人がかかる病気で、うつ病から躁転して始まる場合がほとんどです。

 なお、このスレッド、長くなりすぎましたので、次は新しいスレッドでお願いいたします。





衝撃的でした 投稿者:りか 投稿日:2004/05/24(Mon) 21:08 No.1601
うつ病、家族 で検索してこちらにたどり着きました。
私の69歳の母もうつ病です。昨年の夏に父が脳梗塞に倒れ、それを原因としてうつ病に陥っていきました。
要介護5で常に介助の必要な父を看ながらでは、母の心を落ち着かせる事ができるはずも無く、今年の2月に包丁を持ち出して父のほうに行こうとするなどの錯乱状態になり、現在入院中です。
そろそろ3ヶ月になりますが、一時は上向いていた調子も父の病状の悪化をきっかけにまた睡眠や食事の取れない状況になってしまっています。
うつ病は必ず治る、と本で読み、医者にも言われましたが、やっぱりそうではない場合もあるんだとこちらの闘病記を読んで覚悟しました。
まだまだ、長い道のりが続きそうですが、時折こちらにお邪魔してご意見をお伺いする事ができれば、と思っています。



Re: 衝撃的でした 管理人 - 2004/05/26(Wed) 23:34 No.1627

 はじめまして。
 そうですね。初老期以降のうつ病は、長引くことが多いようです。ご家族の方は、焦らず、ゆったりとした気持ちで接していくことが大切です。
 うつ病は、1年で3分の2の人が治る、と言われています。治る人の方が多いわけですね。悲観的にならずに、のんびりと気構えましょう。


わがままかも 投稿者:ジュジュ 投稿日:2004/05/23(Sun) 09:44 No.1569
みなさんが 周囲に理解されないで辛い思いをされている時に
なんだか変なことを書くようですが
私の成人した娘が わたしのことをとてもしんぱいしてくれるのです
他の子供もそうなのですが 彼女が一番心配してくれます
ところが わたしには それが辛くて
わたしの顔がくもると すぐに目ざとく見つけて
わたしの方を叩いたり 変な顔をして笑わせようとしてくれたりします
だから 余計に 娘の前では普通でいようとしています
そのこが一番家に一緒にいるので 辛いのです
そんなことが 辛いって わがままなようなのですが
子供に気を使わせたくないのです
そのこの気遣いはとてもうれしいのですが
それと同時に ほっといてね お母さんのこと大丈夫だから
と思ってしまうのです


Re: わがままかも スプー - 2004/05/23(Sun) 13:12 No.1571

むずかしいですよね。
判ってくれない・・・と、負担になるが微妙ですから。

すごく良い娘さんですね。
それが負担になるかもしれませんが、逆に放置されるのも悲しい事だと思いますよ。
娘さんがある程度の年齢で、精神的な病気というものを理解されているのであれば、あまり隠さなくても良いんじゃないかと思います。治るまでは家族に甘えましょうよ。


Re: わがままかも 管理人 - 2004/05/23(Sun) 22:04 No.1585

 ジュジュさんのお子さんの対する細やかな愛情、とてもよくわかります。でも、お子さんに気をつかわせたくないから、無理矢理元気に振る舞うというのは、とてもつらいでしょうし、かなり大変なことだと思います。
 スプーさんのおっしゃるとおり、お子様がある程度まで心の病気が理解できているようでしたら、お子様の前で、もっと気楽に振る舞った方がいいと思います。


Re: わがままかも ジュジュ - 2004/05/24(Mon) 19:41 No.1598

スプーさん 管理人様 有難うございます
娘にあまえてみます
人に甘えることになれていないので
自分に自信がないから 人に甘えられないみたいです

入院が延期になったので なんだか 余計に辛いのかもしれません
本当に 生老病死のなかの 生が一番辛いなんて
老や病や死について苦しんでいる人に 贅沢だといわれそうなのですが
気がつけば 「なんで 生きているんかな 」と辛くなってしまうのです
家族も元気で自分の事思う存分しているし
何の心配もないのに 贅沢だといわれそうなのですが
というか このごろ ふつうなら心配してしまうことも
生きてることじたいが辛いので どうでもいいというか
なんでも それでいいし だれにも腹が立たないし なんの感情もあまりおこらなくなってきました
ひとと話していても どのはなしも どっちでもいいような気がして おもしろくありません
ほんと 贅沢な 変な悩みです


Re: わがままかも 秋桜 - 2004/05/25(Tue) 22:31 No.1613

ジュジュさんのお気持ちも良く解ります。私も一緒です。
なるべく普通に振る舞おうと想っていても、どうしても気分は落ち込むし、身体がだるくなったり、気分が悪くなってりして、家族が心配してくれる事があります。
でもやっぱりとても辛いんですよね。
それって自分を責めてしまうからじゃないかな?って想ったりします。自分が悪いのが分かっているから・・・。
もっと気楽な性格だったら、楽だったかもしれないなって想います。


Re: わがままかも ジュジュ - 2004/05/26(Wed) 09:54 No.1616

秋桜さんありがとう
「もっと気楽な性格だったら 楽だったし」鬱にはなってないかも(^^

よく 恋人に「自分は鬱になったからもう会いたくない」といわれて どうしたんだろう わたしには何が出来るだろう
と不安になる という書き込みがありますが
恋人さんも 相手に気を使わせたくないとおもうからなんでしょうね
だからといって 陽気に振舞うのもしんどいのでしょうね

わたしは 自助グループにいくのが楽しみていうか 待ち遠しい
そこに行けば 自分のままでいれるから





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