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共通掲示板 過去ログ 2005年03月31日〜



入院 / 時雨

こんにちは。来週の月曜から入院することに決まりました。
予定は一週間。1度目は家から切り離されて見捨てられているようだと3日で退院しましたが、今度はじっくり自分を見つめたいと思います。どうなるかわかりません。入院が決まった今でも、主治医にどうしたらいいかわからないと泣きながら電話してしまいました。夜中、眠れず家を徘徊して皆に心配をかけるより入院の方がきっと母も姉も気が休まるでしょう。
猫のペットがいて実は糖尿病です。
その子の毎朝のインシュリンの心配もしてしまい・・・
困ったものですね(^_^;)
面白いことに、猫がやせると私もやせるという不思議な現象が起きます。(笑)病院できちんと食事がとれるといいんですけど・・・
少しの間ですが、お別れです。
帰ってきたら、書き込みますね。
                         時雨

No.1468 2005/04/09(Sat) 12:09

 
Re: 入院 / ネコ

こんにちは。
ゆっくり休んできてください。

No.1469 2005/04/09(Sat) 12:29

 
Re: 入院 /

時雨さん、ゆっくりしてきてくださいね。
ご飯が食べられるように、私もここからお祈りしています。

No.1473 2005/04/09(Sat) 20:17

 
Re: 入院 / 管理人

 入院については、いろいろな不安はあるとは思いますが、やはりもっとも安心で効果的な治療法だと思います。
 ゆっくり休んできてくださいね。

No.1479 2005/04/09(Sat) 23:27


うつ病が一生治らないままなくなられる方、おられるんでしょうか? / 田村一伸

 久々にカキコします。
 私は田村一伸(たむら・いっしん)です。
 去年の暮れから、不眠症から開放され、回復期に入りました。
 うつ病や統合失調症が一生治らずに死んでいく方がおられるんでしょうか?
 主治医の先生は「時々いる」という答えでした。私の場合は当てはまらない、と言っていました。
 管理人さん、本当でございますか。
 短い文章で失礼致しますが、ご回答の程、よろしくお願い致します。

No.1432 2005/04/04(Mon) 21:39

 
Re: うつ病が一生治らないままなくなられる方、おられるんでしょうか? / 管理人

 お久しぶりです。
 回復期におられるようで、なりよりです。
 重度の統合失調症の場合、ずっと精神科病棟で生涯を終える人もいます。要するに、社会生活を送れるまでに回復ができない、ということです。
 また、症状の再燃(再発)がある程度の期間をあけて起こる場合もけっこうあります。このようなケースでは、完治というよりも、寛解期(ふつうに生活できる時期)をどれだけ長くできるかが治療のポイントとなります。
 ただし、再燃したとしても、症状がごく軽い場合は、社会生活に影響が出ませんので、個性の一部としてとらえることもできると思います。その場合、一応は治ったと考えていいと思います。

 いわゆる難治性うつ病とか治療抵抗性うつ病では、生涯にわたって症状が続きます。ひとりひとり違いはありますが、寛解期が長く続く人もいるわけで、そのあいだはふつうの人と同じです。
 近年の治療法の改善や進歩によって、難治性うつ病や治療抵抗性うつ病の人も、かなり治るようになってきたことは事実です。でも、残念ですが、すべての人が治る、というわけではありません。

No.1435 2005/04/04(Mon) 23:49

 
ご回答をありがとうございます/また、お世話になります / 田村一伸

 ご回答をありがとうございます。
 はじめてこのサイトと出会って後、いつもお世話になりっぱなしです。
 いつも、管理人さんなどから、適切なアドバイスを頂きまして、感謝で一杯ですし、これからもよろしくお願い致します。
 主治医の先生が、精神病性二重うつ病(気分変調性障害+大うつ病性障害)と判断したのは、去年のことです。17年前の高校の時から、気分変調性障害をいつもの気分に、ひどい時は大うつ病性障害に落ち込んだり、波を繰り返していた、ということでした。
 抗うつ薬がはじめて処方されたのは、7〜8年前のことです。当時、治るのに20年、いや30年はかかるかも知れない。と、覚悟しておりましたのに、たったの7〜8年で回復期に入るなんて、驚きの気持ちで一杯です。
 7〜8年前は確かに、精神病性二重うつ病(大うつ病性障害がずっと続いていました)でした。しかし、今は大うつ病性障害の一部を除き、症状が消失、気分変調性障害と一部の大うつ病性障害のみです。
 主治医の先生も、はじめは、強迫的で、ノイローゼにしか見えなかったそうです。去年の暮れから、いきなり眠れるようになった時に主治医の先生に「眠れるようになったということは、回復しようとしているんですか?」と伺いましたら、はっきりと、YESと答えました。友だちからも、顔色がよくなったね、と言ってくれています。
 そういう経緯ですが、管理人さんから見て、どう思われますか。
 難治性うつ病と治療抵抗性うつ病の意味は一緒だと思っていましたが、別なんですか? 教えていただけませんか? 私も勉強したいですから。
 重度の統合失調症は一生治らないまま、生涯を終える方もおられるということで、かわいそうですね。私も、自分に何か、できないかな、と思ってしまいます。
 確かに、私は一番苦しかった時とは違って、楽なんです。
 認知療法の本に、回復期の次はリハビリ期とありましたが、内容をご存知でしたら、教えて頂ければ、幸いに存じます。
 主治医の先生は「再発率は50%だから、再発しないように工面しなければならない」とおっしゃられ、私も、こんな病気、ごりごりに思っていますし、時間をかけて、ゆっくりと、方法や原因を探りながら、更なる回復へ向かいたい、と思っています。
 回復期は目安として、1年、と主治医の先生が言っておられましたが、本当ですか? 15年間も苦しんだうつ病が、回復期に入れば、たったの1年で良くなるんですか?
 私が服用した、抗うつ薬の効果、副作用を言っておきます。
 はじめは「イミドール」で、昏迷状態になったことから、すぐ中止。「アモキサン」は効果はすごいものの、のどがバカに渇くし、風邪になったので、中止。SSRIも試しました。消化器系の副作用がすごかったので、中止。今は三環系の「アナフラニール」を150mg、服用しています。
 以上です。
 疲れているところを恐縮ですが、また、アドバイスやご回答をよろしくお願い致します。

No.1443 2005/04/05(Tue) 21:36

 
Re: うつ病が一生治らないままなくなられる方、おられるんでしょうか? / 管理人

 うつ病が治るときの経過は、本当にひとりひとり違います。短期間のうちに回復する人もいます。このへんは、まったく予想がつかないところです。
 難治性うつ病と治療抵抗性うつ病は、同じものだと考えていいと思います。治りにくいということを強調する場合には前者、治療の効果が現れにくいということを強調する場合には後者で表現するのでしょう。
 リハビリ期というのは、要するに社会復帰するための期間、と言うことでしょう。実際に軽作業をはじめたり、簡単な仕事を始めたり、という時期だと思います。

 現代の治療法では、治療の目安として、1年くらいを想定している、ということだと思います。治療開始後、80パーセント程度の人が、1年以内に治る、と言われていますから。

No.1448 2005/04/05(Tue) 23:31

 
ご回答をありがとうございます / 田村一伸

 ご回答をありがとうございます。
 うつ病といえば、再発で有名ですが、1回きりで再発しない方もおられますか?
 また、ご回答をよろしくお願い致します。

No.1458 2005/04/06(Wed) 20:56

 
追加です / 田村一伸

[追加]
 7〜8年前から、下痢の症状が出て、いっそうひどくなり、1番強い下痢止めである「ロペミン」を1日に2錠飲んでも、未だに治らないのです。薬をとめてしまうと、水の状態の下痢が続きます。
 だいぶ前にかかりつけの主治医の先生に紹介状を書いてもらって、総合病院の心療内科で診てもらったことがあります。その先生は「過敏性大腸炎です。年齢と共に良くなりますよ」とおっしゃられたのですが、うつ病が回復をはじめても、下痢症状はまだつづいているどころか、少しひどくなっているのです。主治医の先生も、私も、ナゾに思っているところです。アナフラニールの副作用は便秘なのに・・・。

No.1459 2005/04/06(Wed) 21:09

 
Re: うつ病が一生治らないままなくなられる方、おられるんでしょうか? / 管理人

 治癒後、どの程度の期間内にどの程度の症状が再燃した場合、再発というのか、定義が難しいところです。たとえば、一度治って、その後5年以上症状が出なければ、一応は治ったと考えていいと思いますが。
 そのような考え方でみれば、1度きりで治る(きちんとした治療を受けることが前提です)人というのは、けっこう多いと思います。全体の半数くらいでしょうか。

 薬の副作用は、本当にひとりひとり違いますから。今も続いている下痢は、もしかしたら、薬や食べ物のアレルギー反応かもしれませんね。このへんは、主治医の先生とよく相談してみてください。

No.1463 2005/04/07(Thu) 00:45





逝ってしまった妹。。。 / yumie

管理人様、 始めまして。

偶然からそちら様のサイトを見つけ、食い入るように読みいった私でした。 実は、三歳違いの妹が4年前長い(発病は19歳、しかし実の姉の目からは17歳前後、失恋と進学校での成績の不出来をきっかけにしていたように思うのですが)躁鬱病との闘いの末、自殺という道を選んで逝ってしまいました。享年34歳と3ヶ月11日の生涯を閉じてしまったのです。

渦巻く思いやお話したい具体的なエピソードはそれこそ山のようにございますが、一番心にかかっている質問をさせていただきたくメールを打っている次第です。 少々長めのメールになるかもわかりませんが、ご容赦くださいませ。

妹は自分で刺身包丁で首を切るという凄まじいばかりの意志を思わせる逝きかたでした。その2,3年前より(当時は同居の父母も何をしていたのかわからなかったようなのですが)家中のアルバムから自分の写っている写真という写真を全て剥がしとり、庭で償却していたようなのです。 弔いの為の本人の写真を親族が探したおりに家族が皆愕然とした経緯がありました。

日記の類もなく折々にしたためていた物語が2,3と、山のように持っていたはずの様々なジャンルのCDや自らダビングしたテープ野山も一体どうしたことか、自分で意図的に選んで残していったとしか思えない6枚を除き何もないのです。

これが彼女のダイイング・メッセージと信じるものの果たして私の自我流の解釈が的を得ているのかどうか。。。 自分の存在そのものを消してしまいたかったとしか思えない、妹の選択の一旦を担っていたはずの姉としては日々彼女をそこまで追い詰めた要因、また思い至らなかった家族としての心構えをひとつひとつ拾い集めるつもりの子育てで、悲劇を繰り返さないということしかないのです。
 
二人きりの姉妹で3つ違い。 妹は高校まで私の後を追うように同じ学校で学んでおりました。 優等生で生徒会長などを務めた姉に対して何か思うところも深かったのかもしれません。

25歳前後より食べたものを嘔吐する拒食症も出てきてそれは亡くなるまで続いておりました。 私は10年前より主人の赴任で諸外国を渡り歩く生活。 主人は外資系銀行の職場で知り合ったアメリカ人。 10歳半になる一人娘がおり、妹も帰郷する度にそれは娘のことを可愛がってくれておりました。長女は妹の小さい頃の明るいお転婆ぶり、またそこそこの成績をとるものの余り欲もなくそれ以上を目指すようなタイプではありません。この妹を彷彿とさせる娘を間違いなく育てるように、という天の声・妹の声と心して子育てに向かう日々です。

というますのも、父の職場での昇進が上手くいかずにいた時期がちょうど母の更年期にあたっていたらしく、突然性格が変わったかのような時期があったのです。 今思えばおそらくホルモンの変化だと思い至るのですが、それまで明るく前向きでPTAの会長、地域の民生員などを引き受けていた母が、私たち姉妹の些細な落ち度や、特に伸び悩んでいた妹の成績を種に口汚く罵るようになりました。
性格的に強い私は口げんかの果ては自転車に飛び乗り、近所の消防署の職員さん相手に相談したり、ただ一緒に詰め所にいさせていただいたりして気持ちを収めておりましたが、別人のような母に心に針を突き刺されたような痛みを感じでおりました。

わたくしよりも何倍も心の優しい性格であった妹は、私が大学進学のため家を離れた後、母の心の憂さ晴らしの的になっていたのではと推察致します。 また、思い起こすと妹は2歳半の頃、家計を助けるため母が会計士のパートとして仕事を貰えたおりに近くの保育所に預けられたことがあります。 私は既に幼稚園の年中組み。 幼稚園に送ってくれる道すがら、母が妹をその保育園に預けていく初日に私も一緒におりました。 訳がわからないまま、母と姉においていかれそう、と察した妹が必死に泣き叫んでいた姿が脳裏に焼きついており、それを目にした折には”ああ、置いていかれるのが私じゃなくて良かった。”となんとも自分勝手な素直な感想を持ったこともはっきり覚えております。

諸々のことを考え合わせますと、亡羊としつつもかなり明確に彼女の心の旅の過程がたどれる気もするのです。管理人様の見識から、どのようにお見立てになられるのか、また何を読めばさらにいろいろな要因にいきつけるのか、是非ご指導いただきたく平にお願いしたく存じます。 お時間のあられる折で結構です。 心に重く他に理解・相談できる方もなくつい一年半前にまた引越しで現在ロンドンにおりますが、このくらい長い冬を心を開ける相手もなく暮らす身にはこのサイトが唯一長いトンネルの先に見えてきた明かりのような気がいたしているのです。


現在、”金魚ママ” を合言葉に、金魚のように3分以上の記憶に囚わないよう一刻一刻のみに焦点をあわせてくらしております。
なんらかのアドバイスをいただけましたら、ありがたい限りです。
 

                    

No.1457 2005/04/06(Wed) 20:46

 
Re: 逝ってしまった妹。。。 / 管理人

 妹さんのこと、本当に心が痛みます。
 きっと、いろいろな面で、運に恵まれなかったのでしょう。たとえば、保育所の保母さん、もう少し子供の心のケアに気をつかってくれれば、問題は起きなかったでしょうし。
 私の子供も、幼稚園に入って1ヶ月程度、送りに行ったあと、泣き叫んでいましたよ。私も何度か送っていったのですが、本当にすごい泣き方で、後ろ髪を引かれるような思いで、子供を預けました。今は、元気に育っていますが。

 それから、失恋と進学校での成績の不出来、お母様のイライラなど、敏感な時期につらいことが重なってしまって、ストレスが相当に大きかったのでしょう。拒食は、そのようなお母様との関係が原因の一つになったのでしょうね。
 かなり長いあいだきちんとした準備をしての覚悟の自死ですし、これはもう交通事故のようなものと考えるしかないと思います。

 妹さんは、さまざまな不運に巻き込まれ、飲み込まれてしまったのでしょう。そのような妹さんのつらい心の歴史について、ご家族の誰かが理解してあげられれば、一番の供養になると思います。
 妹さんのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。

No.1462 2005/04/07(Thu) 00:28


はじめまして。 / ナナ

ヤフーのヘッドライン(うつ病経験の女性、小説出版)先のリンクから飛んでやってまいりました。
一通り管理人様のお母様の闘病生活のコンテンツを読ませていただき、自分がいかに母親に負担をかけさせているか、等改めて考えさせられました。
私は今、豪州に留学中です。父も母も実家の祖父の会社で働いています。私が留学する前、父と祖父間で仕事上うまくいかないことでいつも母は頭を悩ませていました。母の愚痴や疲れがたまっているときは私や妹が家事を分担し、母の愚痴なども聞いてあげるようにしていました。今、会社の様子がどうなっているのかはわかりませんが(電話越しに聞いても私に心配をかけさせないように、との配慮なのか順調だよ、としか言ってくれません。本当に順調であればいいのですが、あの祖父とガンコな父では・・という考えが拭えないです(苦笑))私の学生時代も素行がそんなによいものではなかったし、母が影で泣いているのを見ても素行改善のそぶりをあまり見せなかったこともあります。
母は年齢にしてみるとまだ若いのですが髪の毛が元から細かったせいもありますが、私のグレていた時期に髪の毛が薄くなってしまったんだろうなって今になって思い、後悔の日々です。
今までの母の人生を振り返ってみると、何時、うつ病になってもおかしくないほど、本当に忙しい人なので、コンテンツを読み、少々怖くなったりもしています(笑)これからはいつも以上に母の仕事を一緒にシェアしていこうと思います。このコンテンツは凄く私の思考改善にもなりました。
ありがとうございました。

No.1451 2005/04/06(Wed) 00:53

 
Re: はじめまして。 / 管理人

 はじめまして。
 そうですね。いつも忙しい人、悩みが絶えない人、そういう人は、家族がうつ病の予防に気を配ってあげられれば、とても理想的ですね。がんばってくださいね。

No.1461 2005/04/07(Thu) 00:10


初めて書き込みします。 / Snoop

始めまして。私の母も3年ほど前から鬱っぽくなりました。
それで去年はとても鬱の状態がひどかったです。一度病院に連れて行きましたが母は人を信じる事ができず病院や病院の先生までも信じれず、病院で出されたご飯も食べず、結局退院させました。しかし母の鬱は治っていません。母は春から夏にかけて鬱っぽくなるようです。はっきり母と一緒に毎日過ごすのはとても疲れて私も欝っぽくなりました。もともと母とは仲がよくなかったので、母が鬱になって私が面倒をみなきゃいけなくなった頃、自分の人生をうらんだり憎んだりしました。もともと母が嫌いだったためどうして自分の人生が母のためめちゃくちゃにされるのか毎日毎日嫌でした。また夏が来ようとして不安ばかり増します。また母がおかしくなって自分に全部責任が降りかかってくるのが怖いです。

No.1438 2005/04/05(Tue) 17:13

 
Re: 初めて書き込みします。 / 時雨

初めまして。時雨といいます。
私は、祖母の面倒を時々見ていますが、Snoopさんに助言できるようなことがありません。きっと、ずっとお辛いのですね。
でも、一つだけいえるのは貴方は独りではないということです。
私は、色んな事を病気のせいにしています。
うつがひどい時に呼びつけられて簡単なことをわからないと、してくれという祖母を恨むような気持ちがドロドロと出てきたら「違う、今うつがひどいからそんな事を思ってしまうんだ」と、言い聞かせることにしています。
Snoopさんあまり自分を追い詰めないでくださいね。

No.1441 2005/04/05(Tue) 19:26

 
Re: 初めて書き込みします。 / 管理人

 はじめまして。
 お母様のうつ病との闘病、とても大変のご様子。お気持ちお察しします。
 ただ、Snoopさんのお母様の場合は、被害妄想が強く出ていて、ふつうのうつ病とは違う面もあると思いますので、主治医の先生と、今後の過ごし方について、ゆっくりと話し合う必要があると思います。
 あとは、Snoopさんの心と体の健康管理、これもとても大切です。主治医の先生に相談することと、援助者としてのほかのご家族との相談すること、しっかりとしておいた方がいいと思います。
 すべてを背負い込むと、共倒れになってしまうことも考えられます。どうかご自身のことも、大切にしてあげてください。

No.1447 2005/04/05(Tue) 23:20


(No Subject) / ネコ

調子がよくありません。
風邪を引いたみたいでフラフラします。
うつの方も何かしんどい問題に直面している気がしていますが
避けています。
体がフワフワして問題解決を邪魔しています。
私の中にある感情を何かが見せないようにしていると思います。

夜が怖いことについて以前お話しましたが、相変わらずそれに悩まされています。
私は夜が怖いという問題にして、両親が夜遅くまで働いている事に対して幼い頃から納得できていない気持ちに目を向けるのが怖くて夜が怖いという悩みにすりかえているのではないかと疑い始めました。
考えすぎなのでしょうか・・・
ここ一ヵ月ほど病院へは行っていません。
彼氏の引越しの手伝いやら掃除をしていたので行けなかったです。
でも、他にも理由はあって、カウンセリングを受けるのが怖いのだと思います。
それに病院が新築してきれいになり電子カルテに変わったので慣れないし通路が広すぎて落ち着かないし、それによって患者さんがたくさん居るので顔を見られたり姿を見られたりするのがすごく嫌なのであまり行く気になれないです。すごく待たされてイライラします。精神科以外の科があるのでほとんどの患者さんは精神科ではなく違う科の患者さんなので余計に落ち着きません。電子カルテになって診察の時に先生が入力や画面を見るほうが多くなって気が散ります。それに事務員の方が先生の側にずっと居る(先生は年配なのでパソコンの操作などの補助でいます。)ので自分の話をするときにすごく嫌で言いたいことが言えなくなります。
1年くらい通ってなんとか今の病院のシステムに慣れた頃に新築しシステムが変わったので慣れるのにすごくしんどいです。

彼氏との会話で私は彼氏に些細なことですぐくキレてしまいます。
それできっかけとなった事以外にもその時頭によぎった彼氏に対する不満を幾つか並べて彼氏に当たります。
彼氏は何も言わないので、なんで逃げるの?とか、こう思ってるんじゃないの?とか言うと、そう?って言うのですが、
彼の言う「そう?」がメチャクチャ腹が立つのです。
でも、言っても直してくれません。
彼との会話でイライラする時、私は自分の感情を抑えられないので(体の奥から何かが出てきそうな、もしくは何かいやなものが入って全身を走るようなすごくムカムカした、息苦しくて、苦しい悲しい思いにかられたりします。)
それで自分の感情を自分で収める為に自分が頭がおかしいとか、イライラして彼氏に文句を言うのが心地がいいのかもしれない・・・と言うと彼氏はようやく思っていることを話してくれました。
君は現実を受け入れていない、それを受け入れるくらいなら死んだ方がいいと思っている、だから死なれたら困るので何も言わないと言われました。
私は現実を受け入れるのが怖いです。彼にもそれは言っていました。
でも、何か納得できません・・・。
そう言われたら何も言えないし、彼の本音を何も聞けない気がします。でも、それって私が現実を受け入れられないから、だから自業自得なんでしょうか・・・。

No.1434 2005/04/04(Mon) 23:44

 
Re: (No Subject) / 管理人

 現実を受け入れるというのは、とても大変な作業ですね。忙しかったり、疲れていたり、感情が先に出て、思考がうまく働かないときなど、なかなか現実を正視できないものです。
 でも、ほとんどの人が、現実を完全に受け入れているわけではありません。現実に対して、ある程度受け入れ、自分の許容範囲を超えると、それを無視する、そんなふうに現実とうまくつきあっているのだと思います。

 現実というのは、いつでも目の前にあるものです。でも、落ち着いてゆったりした状態でないと、受け入れるのはけっこう難しいものです。
 また、ほかの人が見てる現実と自分が見ている現実は、まったく同じものではありません。認識の仕方が人それぞれ違うからです。 このへんの細かいところは、「サイストリー」で説明してあるので、時間と余力があったら、読んでみてください。

 カウンセリングというのも、現実との直面の一つです。ただし、ひとりではないので、ずっと受け入れやすくなるのも事実です。

No.1446 2005/04/05(Tue) 23:13





恋愛 / 時雨

こんにちは、この間入院を勧めていただいたのに未だに入院に踏み切れない時雨です。動悸がして寝つきが悪く朝早くに目が覚めてしまいます。あくまでも入院は最後の手段だと考えてしまいます。
一歩仕事に向かえばもとどうりになるような気がするのです。
元気がないと友人が気晴らしにと呑み会にさそってくれました。
そこで、ある方を紹介されました。後から聞くと、どうやら恋愛をしてみたら?との事でした。元彼との共依存から、私は男の人と深く関わるのが怖いです。でも、どうしても人の慰めやら異性のぬくもりが欲しい時があるのも事実・・・。
今、私は自分が生きることで精一杯です。そんな時に恋愛なんてと思うのです・・・。いえ、そう思うことで人に甘えると言う行為をしてはいけないと自分に厳しくしたいのです。
それに、自分が傷つくのも怖いのだと思います。
以前、私はひとが多い所は息苦しくて怖くて彼氏から誘われる行事やイベントなどにいけませんでした。出かけるたびに気分が悪くなって迷惑をかけたりして・・・だから、振られてしまいました・・・。そうやって、自分が傷つくのも怖いのだと思うのです。
友人に彼氏ができ、友人をとられてしまったっと思うときがあるのです。昔から、そういう独占欲が強いのだと思います。
今、自分に何が必要でどういう風に心を落ち着かせていいかわかりません。

No.1427 2005/04/03(Sun) 14:54

 
Re: 恋愛 / 管理人

 たぶん、今もっとも必要なのは、ゆったりとした時間の過ごし方なのでしょうね。恋愛など、大きく心が動くようなことは、確かに疲れるでしょうし。
 何事も焦らずに、のんびりと気構えていれば、そのうちに落ち着いてくると思います。
 ただし、気分の落ち込みが激しいとか、感情が抑えられないと感じたときは、すぐに主治医と相談すると決めておけばいいと思います。入院に関しては、もっとも効果的で安心できる治療法として、心の片隅においておくといいでしょう。

No.1431 2005/04/04(Mon) 21:23

 
Re: 恋愛 / 時雨

管理人さん、いつもお忙しい中レスいただいて有難うございます。
私は音楽が大好きです。
音楽に身をゆだねてゆっくりと一日を過ごすようにしてみます。

No.1439 2005/04/05(Tue) 18:52


(No Subject) / 新羅人

管理人さん
Googleで見つけました。

仕事がきつくなってから無意識に日記を書くようになっていましたが、「サイストーリー」という方法論があるのですね。始めて知りました。参考になりましたので今後も発展させていただければ助かる人が増えると思います。

ただ大昔の埋もれた記憶はなかなか再生しないと思います。自分に都合のいい自己認識や記憶(被害者であったほうがよければ被害者、加害者であったほうがよければ加害者)に対して気づきが訪れるような瞬間もまれにあるのですが疲労しているとあまり歩留まりが上がりません。サイストリーを実践したとしてもでもまだ偽ってしまっている場合があると思うのですがそれはどうやって発見するのか興味があります。

サイストーリーは、キリスト教の懺悔の近代セルフ版が着想点でしょうか。

個人的には善人でも悪人でも成仏するといった類の念仏で気が楽になります。

社会で受容されているような倫理体系、価値体系を相対化する、捨てることで「楽になった気になる」のは麻薬のようなものなのかもしれませんが事実の意義が己にとって感情的にどうしても受容しがたい場合には一定の効果があるようなので、心理療法的にはどうなのか興味があります。
さすがに前世の悪業とか悪霊の類は一切信用しませんが。。。

では。

No.1387 2005/03/30(Wed) 23:24

 
Re: (No Subject) / 管理人

 はじめまして。
 サイストリーは、キリスト教の懺悔とは無関係ですね。まったく違う方向だと言ってもいいでしょう。まだ本文を読んでいただいていないご様子ですので、サイストリーの意義や着想点などについて、一度読んでみてください。きっとおわかりいただけると思います。

 それから、価値の相対化は、既存の価値観を捨てるのではなく、ほかの価値を取り入れて、価値そのものを作り替えていくことでしょう。かなり大変な作業です。
 各個人が社会的倫理だと思っているものも、実は個別性のなかにその根底があるわけで、個人個人違っているわけです。
 要するに、社会的倫理というのは、同じ社会に住んでいる人たちが、同じ価値観を共有しているという幻想の共有に過ぎないわけですね。
 この幻想を自分の心のなかから見つけ出していくことで、価値の相対化ができ、さまざまなことが見えてくるわけです。

No.1409 2005/04/01(Fri) 00:19

 
Re: (No Subject) / 新羅人

レスありがとうございます。
ご説明させてください。

懺悔について、「宗教的権威が抑圧されている好ましからざる事実や感情の発露に対して赦しを与える」行為と理解していますが、フロイトに始まる精神分析は、宗教的権威の代わりに医学的権威をすえてその構造を引き継いでいます。

私の言わんとした類似点は、「抑圧を外して事実や感情の記憶を言語化する」という行為の部分です。これは、懺悔もカウンセリングもサイストーリーも等しいです。相違は牧師や精神科医、カウンセラーといった他者を介入させない点です。

日本の伝統的な世界の精神療法の系統にはひたすら言語化するという作業はあまり行われないと認識しています。

価値の相対化についてですが、私は禅宗ですので、価値そのものを捨てる世界を目指しております。「これが幻想だ」とピンポイントで発見するのではなく善悪一括して幻想だと廃棄するのが禅宗的な方法です。

それはさておき、価値体系を作り変える作業には、ある程度本人の資質と余力が必要です。相対化というのは、相対化の対象となるもの(事実、感情)の位置づけを複数の軸で多角的に評価する作業だとしましょう。
本人の見識の範囲が、自己の感情、認識、記憶に対して多角的な評価が可能なだけの広さを持たなければ、それだけ精神的に開放される日も遠いと考えます。

精神分析やカウンセリングが他者を介在するためにゆがめられる危険がありますが、他者が介在しない故にひたすら自己中毒的に感情や事実認識の反復に陥ってしまえば先には進めません。
ある程度精神的に活力があれば、昔の自分の文章を見て比較的に第三者者的に眺めてみて自分でツッコミが入れられるものですが、活力がそがれているとそのような自己客観視すらできない可能性があると思います。

例えば、個人的には、日々他人に辱められ仕事も異性関係も上手くいかず、といった時期に私が書いていた日記を今見ると、非常に自家中毒的な内容なので我ながら引いてしまいますよ。

ただそれが自家中毒だと認識できるまで相当の時間の経過があったわけで、そのような、気づき、客観化の方法論をぜひ発展させていただきたいと思うわけであります。

No.1428 2005/04/03(Sun) 19:17

 
Re: (No Subject) / 管理人

 宗教的戒律という強烈な抑圧体系がまずあるため、戒律に反することというのは、どうしても抑圧されがちになります。このときの抑圧には、生物学的必然はありません。つまり、純粋に文化的な抑圧を解消するための行為が懺悔だと考えられます。

 精神療法やサイストリーは、生物学的必然としての防衛機制の一つである抑圧を解消するための方法です。代表的なものは、生命の危機的状況、そして母子関係を中心とした親子間の心の問題です。

 宗教的権威が赦すという図式は、懺悔では、確かに成り立ちますが、医学的権威が赦しを行うわけではありません。あくまで、心の自由を束縛している問題に対して、一緒に立ち向かい、乗り越えようと手助けをする立場になります。
 ところで、フロイトの著作、読んだことありますか。フロイトは、さまざまな場面で批判されますが、その多くは、明らかにフロイトの著作を読んでいない、いい加減な批判です。きちんと読んでみると、考え方が変わると思います。

 個人の見識の範囲というのは、どうしようもないものですが、少しずつでも広めることはできるはずです。これを面倒だととらえてしまえば、ずっと今の状態のままで、良い方向へ向かう方法もない、ということになるでしょう。

 自己中毒的に感情や事実認識の反復が起こるのは、要するに、一度表現したものを再評価しない、ということだと思います。自分の書いたものを読み返して、何度も事実と照らし合わせて修正していく、という作業を行わなければ、サイストリーではありません。
 本文をよく読んでいただけば、おわかりいただけると思います。

 心の問題点を解決していくということに関しては、王道や近道はない、と考えています。そこでやたらと近道を求めたり、安易な方法だけを知りたがったりするのは、どうしようもない依存であって、解決への道を自ら閉ざしている、と考えざるを得ません。

No.1433 2005/04/04(Mon) 23:26





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