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共通掲示板 過去ログ 2007年10月19日〜



生きることと死ぬこと / みつよ

みなさまお久しぶりでございます。
最近、生きることと死ぬとこについて、よく考えるようになったので、今時点での感想文のようなことを書かせていただきます。

ここ1.5月あまり、自殺念虜が強くでる落ち込みに、自分でもわけのわからないくらいに振り回されていました。もちろんPC見れる余裕なんてなかったので、掲示板が久しぶりで嬉しいです。

私が、自殺念虜を抱く理由にはいくつかの場合があるのですが、往々にして、闘病生活の苦しさに加え、何か持ちきれないストレスがガーンとやってきて、何か策を練るのですが、何をやってもダメですべて、「万事尽きた…」という時が多いです。

で、たった一人頼れる母に、ぽろぽろ泣いて泣きながら、何を言ってるのか分からないくらいになってるのですが、その時出てきた言葉が「私は生きるために死にたい」と言いました。矛盾した言葉ですが、結局は「私はもっと生きたい」なんですよね。
言った私自身がその言葉で、我にかえりました。

それから、色々考えて、主治医に「何故生きねばならないんですか?」と問いました。すると先生は
「私ではあなたの問いに答えることができません。それに私の答えでは満足できないでしょう。これは哲学か、宗教の分野に答えを見い出す方がいいでしょう。
しかし、医師として言えるのは、人間にはどんなことをしても生きていこうという本能があります。ですから、人が、死にたい、と思うことが、すでに本能から外れ病気にかかっている、といことです。ですから我々医師は、病気を治すことをしているのですよ。」
と答えて下さいました。

私、そこから考えたんですが、「生きようとすることが人間の本
能」ならば、逆説ではありますが、病んでいても、生きようと必
死になっている時、自分では解決できないくらいの大きな負担がかかったら、死にたいと逃げようとするのも、一つの人間の防衛本能なのではないかと思うのです。
もちろん死んでしまえば、終わりで生き返りは無理なので矛盾を承知で言っているのですが…
「死にたい」というとこも、裏を返せば「より生きたい」という自然の摂理のような気もしてきます。

私の中では、まだまだこの辺りしか考えがおよびません。自分なりの結果も出ていません。
自殺念虜にかられながらも、やはり自殺はいけない。と思っています。しかし、この掲示板に来られる方は、心の病で苦しんでらっしゃる方が大勢なことを考えると、自殺念虜をもたれた経験のある方、または未遂の方もいらっしゃると思います。

テーマがかなり重いですが、みなさまのご意見をうかがえれば幸いに思います。

No.5923 2007/10/06(Sat) 01:43:23

 
Re: 生きることと死ぬこと / 管理人

 「死」に関しては、否定的に考えようとしても、肯定的に考えようとしても、結局その根底には、そのときどきの精神状態があります。

 大切なのは、現在を生きることに、どれだけ気持ちをまっすぐ向けられるかだと思います。

 哲学や宗教の世界に興味を持ったら、まずは広く浅く、さまざまな思想に触れることが大切かな、と感じます。

 どの思想にも、多かれ少なかれ排他的な部分がありますので、そのへんに気をつけていくと、ずっと柔軟でいられると思いますよ。

No.5925 2007/10/07(Sun) 00:21:34

 
Re: 生きることと死ぬこと / みつよ

レスありがとうございました。
しかし、管理人さんのお言葉、本当に深くて、その言葉の真実に行き着けない!!って感じまでしてきます。

>「死」に関しては、否定的に考えようとしても、肯定的に考えようとしても、結局その根底には、そのときどきの精神状態があります。

そうですよね〜私が、死にたいと感じる時も、そのときの精神状態の違いにより、さまざまですからいつも同じではないですしね。「生きること」「死ぬこと」自分だけの考えでなく、色々な思想にふれてみたいと思います。こうやって、興味がわくことは、自分がもっと生きようとなってきているように思えます。
ありがとうございました。

No.5927 2007/10/07(Sun) 01:31:55

 
Re: 生きることと死ぬこと / ばう

このやりとりに感銘致しました。

管理人氏の深い洞察に敬意を表します。

みつよさんも深く考えていらっしゃり、感服致します。

余計なことかもしれませんし、かたよるかもしれませんが、神谷美恵子さんの「生きがいについて」やフランクルの著作が役に立つかもしれません。「歎異抄」も面白いと思います。

わざわざ、ですが、失礼しました。

No.5935 2007/10/08(Mon) 06:58:42

 
Re: 生きることと死ぬこと / みつよ

>このやりとりに感銘致しました。
ばうさん…このように誉めていただけるだけで、生きててよかった。苦しんでも考えてよかった。と心底思えます。
正直、めっちゃ嬉しいです。ありがとうございました。

紹介してくださった本は是非読んでみようと思います。
外出困難でほとんど引きこもってますが、本は読めるので。
確か、「歎異抄」は実家にあったと思います。
また、感想文書かせていただきます。その時は、ばうさんの見解もお聞きしたいですネ。

No.5937 2007/10/08(Mon) 17:16:36

 
Re: 生きることと死ぬこと / ばう

またまた余計なおせっかいですが、あまり意気込み過ぎられても責任感じちゃって困りますので、すんません、ほどほどに・・・
私はど素人で宗教人でもなんでもありませんで、現代宗教に通じる参考としてお勧めしただけですので。重ねてすみません。

ただ、気を付けるべきは、立花さんのいう「柔軟」さを忘れないようにできるといいですね。あんまり考えすぎても体に良くありませんよ(^.^)

「歎異抄」の原文は非常に難解です。以下のサイトがそうかたよりもなく原文と現代語訳を見せてくれています。
特に最初のサイトは朗読してくれますよ。

http://www.otani.ac.jp/tannisyo/index.html

http://www2s.biglobe.ne.jp/~kouzanji/tanni.htm

http://www.oct.zaq.ne.jp/vows/tanni/tannni.htm

http://www.bunbun.ne.jp/~namo/sub5.htm

どうも失礼しました。

No.5938 2007/10/08(Mon) 17:54:25

 
Re: 生きることと死ぬこと / ばう

みつよ様
どうも繰り返し失礼します。
下記のページもご参考になるかと。これはキリスト教からのアプローチらしいです。かなり、深いです。

http://72.14.253.104/search?q=cache:3D1csGhKw2QJ:www.seigakuin-univ.ac.jp/scr/lib/lib_ronso/contents/doc41/09.pdf+%E8%A9%A9%E7%AF%87%EF%BC%99%EF%BC%90%E7%AF%87&hl=ja&ct=clnk&cd=12&gl=jp&lr=lang_ja

うまくご覧になれなければ「詩篇90篇」で検索をおかけになると、生と死についていろいろ出てきます。
たびたび失礼しました(私にとっても重要課題ですので今まで色々やりました)

No.5948 2007/10/09(Tue) 23:10:59

 
Re: 生きることと死ぬこと / 管理人

 ばうさん、リンクの書き込み、ありがとうございます。
 私も勉強になりました。

No.5950 2007/10/09(Tue) 23:20:51

 
Re: 生きることと死ぬこと / イチロー

初めまして。
僕も何度も自殺未遂の経験がありますので、みつよ様の気持ちがよく解ります。
苦しくて辛いですよね。
生を受けることから始まり、人は何のために生まれるのか考えれば考えるほど悩みは大きくなりますよね。
人間とは摩訶不思議な生き物です。

No.5993 2007/10/25(Thu) 20:59:48

 
Re: 生きること死ぬこと / みつよ

イチローさん、レスありがとうございました。
このところ悪化してて、ベットでうつろになって横たわっている1日です。こういう具合の時いつも思うのは「苦しみを感じているのが生きている証」ということです。悲しいですが私にはうつの苦しみをこの言葉以上に表現できません。
ばうさんに紹介して頂いた本も、こういう時に読めたら役立つのにな、と思いますが、しんどくなると何もできませんね。
優しいお言葉嬉しかったです。浮できるキッカケになれそうで嬉しいです。

No.5994 2007/10/27(Sat) 00:52:24

 
Re: 生きることと死ぬこと / きき

私も何度も「死にたい」と考えてきました。
死んでしまえば、今の苦しみから逃れられるんじゃないか、と。

でも、みつよさんにもご家族がおありでしょう?
私は、残された家族がどんなに深い悲しみに包まれるかと思うと、なんとか思いとどまれます。(父を交通事故で亡くした経験がありますので)

しかも「自殺」で死んでしまったのでは、なおさら家族に申し訳ないと。

それで、死にたくて仕方ないのを、なんとか思いとどまり、生きています。

以前、知人から贈られた「木は、冬の間、寒さや雪に虐げられても、生きている。そして春になると美しい花を咲かせる」という言葉にも励まされたことがあります。

今は冬でも、いつかきっと春が来る!と、今、自分自身にも言い聞かせているところです。でも、なかなか体調も思わしくなく、みつよさんのおっしゃるとおり「しんどくなると何もできない」というお言葉も、よく分かります。

今、本当にしんどくて、この土日も何もできませんでしたから。(笑)みつよさん同様、うつろに横たわっていました。

病院には行ってらっしゃるのですよね?
おクスリさえ体に合えば、だんだんとよくなってくると思います。

私は何度も突き落とされてしまったので、今のクスリの処方が合っているのかどうか分からず、いつまでもウツロで横たわっていますが・・・それでも以前よりは少しずつ良くなってきています。

お互い、自身をいたわっていきましょう!

No.5995 2007/10/28(Sun) 22:58:49





(No Subject) /

こんにちは。
また夫のことで相談させてください。

夫は、休職し始めた頃から日記というかその日一日の状態・行動などを書き留めるノートを作っています。
主治医にも「それは診察時にも有効ですし、ご自分の気持ちの整理にもいいことです。」と言われてずっと続けていました。
このノートは私に相談しつつ書くこともあり、私が見ることに抵抗はないようなので、時々見せてもらっています。

体調・気分が比較的いい日は「気分が安定していた」「100点満点で70点くらい」という時期もありました。
しかし、10月に入り仕事に戻るようになってからは、「課題(会社で与えられた仕事で、とても単調で孤独だそうです。)がおもしろくない」「生きていても張り合いがない」「何のために毎日生きているのかわからない」・・・このような記述が目立ち始めています。

明らかに会社に復帰してから悲観的な記述になっているのですが、この時期は誰しもこのようなものでしょうか?
あまりにも落ち込みがひどい時には上司や主治医に相談していますが、今のような夫には家族はどのように接すればよいですか?

話を聞いてあげること?(話を聞いても解決策が見つからず堂々巡りになりがちなのです。)それともそっとしておく(ほおっておかれているようで心細くならないか心配ですが)方がいいですか?

No.5977 2007/10/17(Wed) 14:43:35

 
Re: / すけ

 他の方が適切な助言を書き込んで下さるでしょうから、別のことを書きます。

 復職は、回復における最大の難関です。
 まず、だいたい単純作業から慣れさせていくのが一般的ですが、うつ病の方は真面目なので、かえって「病気のせいで、簡単な仕事しか与えてもらえなかった」と悩む人もいますし、元通りの仕事をやらされて、またぶり返す方もいます。
 また、「そんなに頑張らなくて、とりあえず半分くらい出来ればいい」と言われて、「半分って、どれくらいだろう」と悩む方もいます。だいたい仕事はきっちりやる方が多いので、「半分」とか「7割」とかが、わからない方が多いのです。

 そもそも、日記のようなノートを書くのが、そんなに有益とも思えません。かなり回復している時期なら、少しずつ自己洞察ができるようになり、ご自身なりの、問題の対処法を見つけることができることもありますが、今はまだその時期ではないように思えます。もっとも、主治医が「いいこと」と言われている以上、主治医の指示に従うのが先決なのでしょう。

 「この時期は誰しもこのようなものなのでしょうか?」
と訊かれても、医者でもない人が掲示板で答えられるわけはありません。臨床経験の豊富な医師ではない限り、「誰しも同じ」かわかるわけはありませんし、それに、病気というものは、だいたい経過には個人差がつき物です。

 夏さんの悩みは、いつも両極端に思えます。「話を聞いてあげるか」か「そっとしておく」(または話を遮る)のどちらかを考えているようにみえます。
 どういう対処方法がいいか、ご主人のことを直接知らない人が掲示板で書けるわけはありません。

 あえて今まで書きませんでしたが、

 うつ病というものは、ご存知の通り、脳の神経伝達物質の機能低下によるものといわれています。将来全く別の説に覆っている可能性もあるでしょうけど、今の医学では、脳の機能低下ということになっていて、実際、その仮説に基づいて開発された薬で治療が出来るようになっています。
 「脳の病気」というのも、「心の病」というのも、人によって受け取り方が違います。「脳の病気」というと、いかにも頭がおかしくなったように思えて嫌な人もいれば、「心の病」といわれて、何か精神力が弱いように言われているようで抵抗を感じる人もいます。ただ、人間の感情は脳抜きでは語れないので、少なくとも、脳に作用する薬が必要です。

 以前テレビでうつ病のことを取り上げた番組が放送されていました。
 ある夫婦の話ですが、旦那さんのうつ病で、最初は奥さんもまいってしまったそうですが、だんだんと、「病気がそういう(悲観的なこと)ことを言わせているんだ、ということがわかりました」と、奥様が答えられていました。
 ご主人の状態も、病気がそういうことを書かせている状態だと思います。

 ただし、これは一般論です。正論と言い切ってもあながち間違いでもないでしょう。
 一方、夏さんの精神力にも限界はあるはずです。(既に限界点を超えておられるかもしれませんが)
 「ご主人の今の状態は、病気がそうさせているんだ」と夏さんに助言したところで、夏さんは、納得し、精神的に耐えられるでしょうか。
 ご自身の精神的限界と、正論との間に挟まれることが、いかに辛いことか、それを考えると、そう簡単に夏さんに助言は出来ないのです。

 ご主人の状態を冷静に受け入れられる日が来るか、それは誰にも分かりません。先述のとおり、正論と気持ちの限界に挟まれないようにできるかは、掲示板からは何の助言も出来ません。

 というわけで、主治医の先生と相談する、という、毎回の答になります。
 

No.5978 2007/10/17(Wed) 23:01:54

 
Re: / 管理人

 すけさんが、とてもていねいに説明してくれていますので、簡単な補足に留めます。
 
 掲示板で答えられるようなうつ病に対する一般的な知識は、今までのレス、サイト内コンテンツ、過去ログを再度参照していただけば、ほぼ手に入るはずです。

 夏さんの書き込みは、いつも疑問に思ったことを、そのまま他人に丸投げにして、しかも質問攻め、という形態になりがちです。

 「私はどうしたらいいのでしょう?」的な質問に対する答えは、「私はどう答えたらいいのでしょう?」ですし、選択肢がある「私はどちらにしたらいいのでしょう?」的な質問に対しては、「ケース・バイ・ケースです」という答えになります。

 個別性に根ざした疑問にぶつかったとき、まずは調べたり人に聞いたりして、必要な情報を集め、整理します。
 あとは、もともと誰も答えを持っているはずはないのですから、整理した情報を利用して、自分自身で試行錯誤を繰り返しながら、答えを見つけていくしか、方法はありません。

 とは言っても、実際に治療している専門医としての主治医がいるわけですから、相談して、最も適切なアドバイスをもらうことはできますね。

No.5979 2007/10/18(Thu) 00:59:20

 
Re: / とも

夏さんの辛いお気持ち察します。
私も以前、うつ病の弟の件で悩み、ここで相談させていただきました。
もう2年以上前ですが・・・

その半年後、実は私自身もうつになりました。
今は元気です。

以前、NHKでうつ病を特集した番組の中で紹介されていたのですが、
MDA JAPANという、うつ病の患者さんやその家族を支援する民間の支援団体があります。
そこでは、うつ病の患者さんのご家族が集まって、同じ悩みを話し合ったりできます。
そういった所へ足を運んでみてはいかがでしょうか。
MDA JAPANは活動の中心が東京のようです。
東京が無理ならば、夏さんの地域でもそういった活動をしているところがないか、
市役所などで問い合わせてみてはいかがでしょうか。

・・・夏さんもとても辛いでしょう。
でも、忘れないで下さい。一番辛いのは、ご主人ですよ。

うつ病というのは、何もかもが辛く、何もかも楽しいと感じられない病気なのです。
そして何もかもが不安に感じられる病気なのです。

と説明しても、どんな感じか理解は難しいですよね。
私もそうでした。
思いがけず、自分自身がうつ病にかかったとき、
弟はこんな思いをしていたのか、いや、彼はもっと辛かったのだろう・・・と。

参考になれば幸いです。


MDA JAPANのホームページ
http://www.mdajapan.net/old/modules/news/

No.5982 2007/10/18(Thu) 23:21:01

 
Re: /

ともさん、ありがとうございました。

ともさんは弟さんがうつになり、その後ともさんも鬱になられたのですか。今はお元気になられたとのこと、よかったです。きっと弟さんの時の経験がプラスになったのだと思います。

実はお返事が遅くなったのは、夫の復職時の緊張感と自分自身の持病のことなどから、私も食欲不振や睡眠不足になり、不安感に陥いる日が続いていました。
やっとはじめて夫の気持ち(鬱の人の気持ち)を少しだけ理解できたかもしれません。夫は何ヶ月も大変だったんだ、今も辛いんだ・・・・とわかるようになりました。


鬱本人ではなく家族としての質問というか愚痴のはけ口にしてしまいがちな私は、しばらく書き込むのを辞めようと思っていたのですが、ともさんのあたたかいアドバイスにお礼を言いたくて書き込んでみました。

今は役所などで行っている家族向けのカウンセリングを利用しています。MDAのことも参考にさせてもらいます。

No.5992 2007/10/23(Tue) 09:31:07





全てのものには理由があるといっても / すけ

 今年は1月から体調を崩しがちになり、何度か一ヶ月や二週間単位で病気休暇を使う羽目になりました。
 去年は何ともなく、健康状態も回復していると信じていたのに、今年あと2ヶ月あるものの、今年を振り返ると、また崖の下に突き落とされたような絶望感に襲われます。
 ただ、主治医の先生が、先日「そうやって、自己洞察が出来るようになってきましたね」と言われたとき、少しだけ光が見えてきたような気がします。

 先日、産業医と上司、厚生担当者との面談で、残業の制限を緩和してもらう相談をしました。
 上司からは、「まずは一時間ずつ、ということで、また再度緩和していく」と先生にお願いしていましたが、肝心の私の方は、「一時間では中途半端で、残業してても途中で翌日に仕事を積み残してしまうし、せめて2時間にしてほしい」と頼みました。
 要するに、事前に上司と意思統一せずに面談に行った、ということなんですが、私としても、今月は特に忙しく、上司のフォローも行き届かない状態が続いたので、本来残業禁止のはずが、23時まで残業、という日もあり、残業時間も月で10時間を超えていますから、本当は、何時間という時間を区切った制限をしてほしくなかったのです。

 面談時間は30分ですが、既に15分オーバーしてしまい、次の相談者の迷惑になるので、「それでは、指示に従います。一時間で結構です」と、半ばやけになって答えたら、「すけさんのことですから、『本当は一時間では意味がない。仕方なくそうなってしまった』と思い悩むでしょう。」と言われたのですが、「その話になると、私の病理性そのものの話に行き着いてしまいますね。」と答えました。産業医も、「確かに、そうですね」と言われていました。

 結局、主治医と相談して、再度面談を受けることになりました。今週の火曜日、主治医の診察を受けたのですが、当初診察の予定は入れておらず、とりあえず薬だけもらって、次回相談しようと考えていました。
 幸い、待合室の患者さんの数も少なかったので、とりあえず、診察が受けられるか(予約を入れなくても診察は可能ですが、かなり後回しになることもあります)、待合室のソファで待っていたら、いつの間にか熟睡してしまい、目が覚めたら患者さんが2、3人しかいないので、そのまま診察を受けることになりました。

 主治医には、産業医との面談のこと、特に、「残業時間が1時間だけではだめだ、と思い悩むことが、自分の病理性につながる」というやり取りを説明しました。
 主治医からは、「3時間くらい枠を広げて、その枠内で、折り合いを付けるように(おそらく、3時間まで残業しても大丈夫という意味ではなく、体調や状況に合わせて仕事をする練習をして下さい、という意味らしいのですが、実際は主治医に再度確かめないと分かりません。)」と言われました。
 同時に、産業医との面談の最後のやり取りについては、先述のとおり、「だいぶ自己洞察が進んでいますね。だんだん、『こうでなくてはならない』という考え方も、改善されています」と、有難い言葉を仰ってくれました。

 正直、一体いつになったら、薬の量が減るのか、と嫌になることもあります。
 「どっちみち、もう通院して5年も経っているのだから、あと数年、自分自身との折り合いをつけながら、安定的に仕事を進める」、という方向性でいけばよいのでは、と考えましたが、この考え方は間違っているでしょうか。

 ところで、人間の感情には、全て理由があるみたいで、そうでもないものも含まれているような気がします。
 恐怖、怒りという感情は、必要性がわかりやすく思います。恐怖や怒りがなければ、無防備になってしまい、危ない目に遭ったり、理不尽な言動や行動を人に押し付けられてしまいます。
 楽しい、という感情は、必要かどうかはともかく、楽しくないと面白くない(意味不明ですが)ので、それもあった方がいいでしょう。
 悲しみ、これもなくてもいいような気がしますが、これがないと、本当の愛情というものがなくなるような気がします。大事な人がいなくなって、「まあ、いいか」で済むなら、それこそ悲しいことでしょう。

 で、「落ち込み」には何の意味があるのでしょうか。落ち込んでばかりもいられない、とよく言いますが、あえて、人間がそういう感情を持つことに何の意味があるのか、これだけはわかりません。

 「落ち込んでいるときは、だいたい何をやっても疲れるし、上手くいかないから、とりあえず休んでおけ」というサインなのでしょうか。それとも、もっと深い意義があるのでしょうか。おそらく、もっと深い意義がある、というのが正しい答えになるのでしょう。ただし、答えそのものは、とても一言で説明できるものではないとは思います。

 ここ5年間の自分の感情の推移を思い出して、ふとそんなことを考えてしまいました。

No.5984 2007/10/19(Fri) 18:34:02

 
Re: 全てのものには理由があるといっても / みつよ

>、「落ち込み」には何の意味があるのでしょうか。落込んでばかりもいられない、とよく言いますが、あえて、人間がそういう感情を持つことに何の意味があるのか、これだけはわかりません。

書き込みのすけさん的理論からいうと「落ち込み」には「反省」があてはまると思います。そこから「向上心」が生まれるとも思えます。
けれど、それは健康な人にあてはまることであって、感情面のにこれだけアップダウンのある、うつ病人にとっては病気的側面のほうが強く、深く思慮する問題ではないと思いますがいかがお思いでしょうか?
現在、落ち込まれてることがあれば、必ずそこには病気的(健康人より深い落ち込み、自責)なものが含まれているはずですから、もし落ち込まれていても、「病気がそこまでさせてるんだ」くらいに開き直っているくらいがちょうどいいと思うのですが?すけさんはどう思われますか?

No.5987 2007/10/19(Fri) 23:09:13

 
Re: 全てのものには理由があるといっても / 管理人

 仕事と病気の治療に関しては、現在考えられている「自分自身との折り合いをつけながら、安定的に仕事を進める」ということで、いいと思いますよ。
 減薬についても、もう少し長いスパンで考えて、あまり気にしないほうがいいでしょう。

 残業時間、ちょっと悩ましいところですが、とりあえず1日1時間までということで、始めて見てはいかがでしょう。
 これでうまくいかなければ、見直せばいいのですから、柔軟に考えておくといいと思いますよ。

 「落ち込み」についてですが、これは感情とは考えないほうがいいと思います。
 喜怒哀楽などの感情は、動物でも持っている古い脳から発するものですし、動物の行動になぞらえても理解できるものです。

 でも、「落ち込む」というのは、動物にはありませんね。
 動物には、「死」という概念がありません。ですから、「死」が目前に迫っていても、本能的に最後まで生きようとします。

 ところが人間は、「死」という概念を持っていますので、どうにもならないと思ったとき、生きることをあきらめる、という状態が発生します。これが「落ち込み」だと考えられます。

 生きることをあきらめるというのは、自分の存在を否定することであり、また死に近づいた状態とも言えます。

 もちろん、たいていは、生体の持つ抗ストレス反応で、脳内物質などを通して、主に思考によって生きられるように調整されます。
 しかし、認知のゆがみや慢性的ストレスなどで、この機能がずっと使われ続けて麻痺した場合、または、脳の障害など、なんらかの原因でうまく機能しなくなった場合が「うつ病」というわけです。

No.5988 2007/10/20(Sat) 00:15:57

 
Re: 全てのものには理由があるといっても / すけ

 管理人様の助言は、いつもありがたく受け取っています。主治医の説明は、時折理解できないことがあります。というのも、私は、仕事でも、例えば会議の概要と主な意見の概要をまとめる、ということが苦手です。どうでもいい雑談をメモしたり、発現の趣旨が理解できずメモを読み直して混乱するタイプですので、主治医の先生や産業医の先生の助言も、趣旨がわからなくなってしまうことがあります。
 管理人様に分かりやすく解説して下さることで、何度か救われました。

 核心そのものを考えるより、とりあえずは、今の状態であと数年仕事を進めていきたいと思います。幸い今は普通に仕事は出来ていますし、簿記の通信講座も始めるなど、少しずつ前向きになっています。
 去年一年間かなり安定していたので、今年はだいぶ改善されていることを期待していましたが、そう簡単なものではないんですね。
 薬の服用について、あれこれ悩まず、何はともあれ、普通に社会生活を安定的に送れれば、それでよしということなんですね。
 「行動療法」という言葉を聞いたことがあります。主治医の指導がそれに当たるのか、そもそも行動療法の概念を知らないのですが、衝動的に行動して周囲の迷惑にならないようにすること、残業時間のほか休日の楽しみ方など、まずは無理して積極的にならないようにする、ということが大事なのかと思います。

 うつに関する本は何冊か読みました。「擬△うつ病」も読みましたし、野村総一郎先生の本も一冊だけですが読みました。
 一番酷かったのは、SSRIが危険な薬だということを書いた本でした。
 まず、「実際の治療は医師の指導に従って下さい。本書は責任を持ちません」というくだりですが、以下、延々と、薬に関する危険性、都合のいい論文の引用など、読んでいて不愉快でした。
「うつは感情の自然な発露で、病気ではない。」という一文は、信じられないものでした。
 そもそも医学論文は、一つだけ読んでも全く意味のないものらしいですね。それに反論する論文、論文に書いてある全ての事柄の理解等、様々な検証が必要らしいのですが。
 いい加減さの極め付けが、「食事でうつを治す」という章でしたが、たんぱく質の不足でうつになるとか、ビタミンの不足でうつになるとか、全部読んでみると、そういった栄養素の不足は、うつ以前に健康状態の悪化を招くもののはずですが。

 私は、うつになったあと、様々なことがありましたが、今現在心身ともに安定してきている中で、「自分の好き嫌いを物事の判断基準する」ことを、まずは修正しようと考えるようになりました。
 以前は、嫌な人は徹底して嫌っていましたが、その人の良さに気付く頃には人間関係は修復不可能、というとが何度もありました。

 これからも、治療の過程で、自分の問題点に気付くようにしていきたいと考えています。
 ということで、みつよさんへの答えになったでしょうか。

No.5989 2007/10/20(Sat) 23:44:25

 
Re: 全てのものには理由があるといっても / 管理人

 SSRIについては、以前さまざまな研究が行われ、一部の人(18歳未満)にとって、自殺の危険性が高まる可能性があるということだったと思います。

 でも、薬には多かれ少なかれ副作用がつきものですし、処方する医師が注意すればすむ、ということになったはずです。
 
 センセーショナリズムなのでしょうが、このような話に惑わされて、有用な薬を拒否する、または拒否させるような人が出てきたら、それこそ迷惑ですね。
 そのほかもいい加減な内容なので、どの程度の本なのかは推して知るべしですが。

 すけさんが今考えているような方法で、今後しばらく過ごしていけば、かなり光が見えてくる、という感じがします。 

No.5990 2007/10/21(Sun) 23:30:53

 
Re: 全てのものには理由があるといっても / みつよ

すけさんの管理人さんとのやりとりを見ていると、私のレスがばかばかしい程凡庸に見え恥ずかしい思いです。
すけさんの事、色々考えてすぎでは?と思えてましたが、考えることにより、色々ご自分の問題をクリアされているのを感じるとすごいと思います。また本当に少しづつしか、この病気は治癒に至らないと痛感いたします。その中で、簿記の通信講座をはじめられたり、本当にすごいですね。
私は、まだ自宅療養の身で働くのは早すぎる、と主治医から言われております。すけさんは、身も心もしんどいとは思いますが、しんどいながらお勤めされている事もすばらしいと思います。
私もはやく、しんどくても勤労の充実感を味わえるくらいになりたいです。なんか変なレスになりましたが、これで失礼いたします。

No.5991 2007/10/22(Mon) 18:31:39





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