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ball 感情転移と転移性治癒 ball



 心理学や心理療法でよく使う言葉に、「感情転移」「転移性治癒」というものがあります。
 何となく簡単にわかるようでいて、実は、とても奥が深い言葉です。
 今回のコラムでは、この2つの言葉を取り上げてみましょう。

 まずは、「感情転移」についてです(当サイトのメイン・コンテンツのひとつである「サイストリー」では、この「感情転移」という現象を、脳の構造から解説しています。ぜひご覧ください)。

 「感情転移」は、日常生活のなかでも、よく見られる現象です。

 たとえば、ある人に対して、突然怒りや恐怖の感情を感じたりします。どうしてそう感じるのか、わかりません。
 こんな場合には、怒りや恐怖の感情を「抑圧」していることが原因だと考えられます(「抑圧」に関しましては、以前のコラム「神経症と不安障害について」をご参照ください)。
 「抑圧」している感情は、本来は父親に対するものだったり、母親に対するものだったりします。それを、まったくほかの人に感じてしまう、というわけですね。

 「感情転移」が起きても、本人はその理由がわかりません。そんな場合、意識がその感情について、いろいろな理由を考え出します。

 怒りを感じた場合には、きっとこの人は悪い人で、何をするかわからない、などと思ったりします。よく知っている人の場合には、今まで知ったその人に対する情報のなかから、悪い人に共通の特徴などを見つけだしたりもします。
 それがどうしても見つからない場合には、きっと思い過ごしだ、などと考え、怒りを押さえ込むこともあります。
 しかし、そんな場合には、たいてい「不安」を感じる事が多くなります。

 異性の親に対する愛情というのは、成長段階で、同性の親との関係から、必然的に「抑圧」されることになります(このへんは、ややこしい発達段階があると考えられています。しかし、今回は本筋とは関係がないので、省略させていただきます)。いわゆる「エディプス・コンプレックス」ですね。
 この「抑圧」した愛情を異性に「感情転移」した場合が、「恋」というわけです。

 しかし、成長段階で両親から充分な愛情が得られないと、子供らしい感情も「抑圧」しなくてはならなくなります。具体的には、「もっと甘えたい」「寂しい」「もっとかまって」などの感情です。
 このような子供らしい感情も一緒に「感情転移」してしまうと、恋愛がうまくいかなくなったり、変に悩んだりしてしまいます。

 また、「激しい恋」の場合には、それまでの人生のなかで遭遇した「危機的状況のときに助けてくれた人たちの記憶」が関与していると考えられます。
 「抑圧」している「助けてくれた人たち」に対する強い感情を、異性に対して「感情転移」している、というわけです(「激しい恋」につきましては、「サイストリー」第2章 4.助けてくれた人たちの記憶で詳しく解説しています。ぜひご覧ください)。

 このように、「感情転移」というのは、「抑圧」した感情を、「抑圧」したときとは違う人に対して感じることを指します

 「感情転移」は、心理療法で、必ず現れてきます。「抑圧」された感情が強い場合には、そのまま強い感情として現れます。
 ときには、「強烈な怒り」が現れ、クライエント(心理療法を受ける人のことです。「来談者」とも呼ばれます)が治療者(心理療法を行う精神科医やカウンセラー、心理療法家のことです)を襲ってしまうこともあります(「アクティング・アウト」(行動化)と呼ばれます)。
 実際、心理療法中にクライエントが治療者を殺してしまった、というような悲惨な事件も起きています。

 また、治療者側でも、クライエントに対して「感情転移」が起こることもあります。この場合には、特に「逆転移」と呼ばれます。

 心理療法中、おもに生育環境で父親の愛情が足りなかった女性が、「感情転移」によって、男性の治療者に強い恋愛感情を持つ、というようなことは、比較的よく起こります。
 治療者の保護的な立場や、治療者とクライエントの関係図式が、父子関係に近いからです。

 こんな場合、治療者の方にも、治療者自身の「抑圧」していた感情を「逆転移」してしまう、というようなことも起こります。そして、治療者としては絶対禁止されているクライエントとの恋などが起こることもあります。

 余談ですが、治療者が「逆転移」を起こしやすい心の問題は、「演技性人格障害」「境界性人格障害」などの人格障害です。特に、「演技性人格障害」というのは、厄介な問題を引き起こしやすくなります(「演技性人格障害」、「境界性人格障害」につきましては、別の機会に詳しくお話ししたいと思います)。

 心理療法では、治療者は、クライエントとの関係のなかで「感情転移」をうまく利用しながら、治療を勧めていきます。したがって、「感情転移」をうまく操れる治療者が優れた治療者だということもできるでしょう。

 さて、もう一つの「転移性治癒」について、お話ししましょう。
 「転移性治癒」というのは、心理療法の早い段階で、劇的な症状の改善が起こることです。

 たとえば、「転換性障害」(身体に何の異常もないのに、声が出なくなったり、耳が聞こえなくなったり、歩けなくなったりする心因性の病気)や「身体化障害」(やはり身体に何の異常もないのに、さまざまな不調や障害を感じる心因性の病気)などの「身体表現性障害」(以前は「ヒステリー」と呼ばれていました)に苦しんでいたクライエントの場合、それらの症状がきれいに消えたりします。

 このような「身体表現性障害」というのは、「抑圧」された感情が身体症状として現れたものです。したがって、「感情転移」によって、「抑圧」された感情の対象が現れると、そちらに感情が向かうため、身体症状が消えてしまうというわけです。
 しかし、「転移性治癒」が起きたとしても、心の問題が解決したわけではありません。きちんと解決するためには、誰に対するどんな感情なのか、しっかりと意識化する必要があります。

 「転移性治癒」が起こると、クライエントは、悩まされ続けていた症状の消失によって、大きな開放感を得ることができます。そして、もう心理療法自体が必要ないと感じてしまうこともあります。

 治療者にとっては、ここからが本当の心理療法になります。
 心理療法が進んでくると、クライエントが、「感情転移」という一時的なごまかしのような状況から抜け出し、クライエント自身の心の問題を正面から受け入れられる状況に変わってきます。その課程で、症状がぶり返すこともよくあります。

 そして、クライエント自身が自己洞察によって、自分自身の心の問題を直視し、抑圧していた内容を意識化した段階で、心理療法が終わります。
 「転移性治癒」が起きてから、実際に自己洞察や意識化までの道のりが、長くて険しいのです。

 「転移性治癒」というのは、たいした苦労もなく、それこそ劇的に症状が消失するので、まさに「奇蹟」のように感じられます。

 ちゃんとした治療者にとって、「転移性治癒」は、たいした意味を持ちません。心理療法の初期段階に現れる、ひとつの現象に過ぎません。
 しかし、「転移性治癒」を悪用する新興宗教もあります。
 「転移性治癒」をまさに「奇蹟」だと吹聴し、教団の宣伝材料とするわけですね。

 「身体表現性障害」というのは、その症状からして、最初は、内科や耳鼻科、循環器科、ときには脳外科や歯科などを受診することが多くなります。
 そして、身体的(器質的)な異常が発見されなかった場合、少し前の時代までは、医師から「気の持ちようだ」などと言われたり、精神科へ行った方がいい、と言われたりするだけでした。

 日本の精神医療は、最近になって、やっと認知度が高まってきたと思います。しかし、ちょっと前までは、精神科へ行くようになったらもうおしまいだ、と言った極端な考え方をする人ばかりでした。
 そんなことから、精神科への受診を勧められても、拒み続ける人が多かったのです。

 医師から「気の持ちようだ」と言われたり、精神科への受診を拒んだような人は、行き場を失い、最後に新興宗教に入信する、という傾向がありました。
 新興宗教の方も、ある程度心理療法の方法論を知っていて、「転移性治癒」を起こし、「奇蹟」だと称して、教団の宣伝に使っていたわけですね。

 1996年になって、「身体表現性障害」などの「心身症」やストレス性の胃潰瘍、十二指腸潰瘍、気管支喘息などを扱う「心療内科」という診療科目が、当時の厚生省(現在は厚生労働省)によって認可されました。

 この「心療内科」という診療科目のおかげで、現在では、「身体表現性障害」などの「心身症」の場合でも、精神科にかからずに治療を受けることができるようになりました。
 現在でも大勢いる「精神科アレルギー」の人でも、気軽に治療が受けられるようになったことの意義は、とても大きいと思います。

 そのせいもあってか、「心療内科」という診療科目なのに、うつ病や境界性人格障害、PTSDなどの精神科領域の病気の治療も行われることがあります。
 以前のコラム「神経症と不安障害について」でも、名称のややこしさについて、お話ししましたが、こちらもかなり、ややこしくなってしまっていますね。






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