Psystory

ball (第4節の続き) (不安定な記憶、偽りの重層化、認知行動療法、系統的脱感作)



偽りの歴史の不安定さと重層化
 しかし、このようにしてできあがった偽りの歴史は、どうしても不安定になってしまいます。
 細かいところを思い出していくと、首尾一貫性が乱れてきて、矛盾点が目立ってしまうからです。

 つまり、偽りの歴史は、その不安定さから、絶えず変化する可能性を持っているわけです。
 私たちの記憶は、とてもあいまいで、思い出すたびに変わってしまったりします。その主な原因は、この偽りの歴史の不安定さにあったと考えられます。

 先ほど挙げた青年の例で考えてみましょう。
 もし青年が、小学生の頃のほかの記憶を思い出したとしたら、初恋に関する新しい偽りの歴史が創作される可能性があります。

 たとえば、ある学年のときの担任の教師が、とても美人で優しく、その教師に強く惹かれていたことを思い出したとしましょう。
 すると、親戚の女子高生のところへ遊びに行かなくなった理由を、実はこの教師の方が好きになったから、と考えるようになるかもしれません。

 女子高生というのは、小学生からみれば充分に大人です。その大人の女性が好きだったのに、突然子供である同級生の女の子の方が好きになると考えるのは、少し不自然な気もします。
 それよりは、やはり大人である担任の美人教師の方を好きになったと考える方が、より自然かもしれません。

 このように、より自然だと思える方向に、偽りの歴史は変化していきます。
 偽りの歴史の変化は、その前にあった偽りの歴史がなくなって新しいものに置き換わるのではありません。
 一度できあがった偽りの歴史を覆い隠すように、次にできた偽りの歴史が積み重なっていきます。

 先ほどの青年の例で言えば、同じクラスの女の子の方が好きになったという最初の偽りの歴史は、次の担任の美人教師の方が好きになったという偽りの歴史の下に埋もれながら、しっかりと残っています。

 最初の偽りの歴史というのも、大脳辺縁系の記憶を覆い隠すために作られました。
 つまり、大脳辺縁系の記憶の上に、どんどん偽りの歴史が積み重なっていくと考えられるのです。

 特に、大脳辺縁系の危機的状況だという判断が強ければ強いほど、その部分の偽りの歴史の重層化が進む傾向があります。
 強い情動と結びついた大脳辺縁系の記憶に対しては、前頭前野が抑圧を強め、偽りの歴史をより完璧に創作しようとするからです。

 したがって、人生に与える影響が非常に大きい、より苦しみに満ちた大脳辺縁系の記憶ほど、偽りの歴史の重層化が進んでしまうのです。

精神分析の問題点
 精神分析とは、積み重なった偽りの歴史を、上から順番に引きはがしていくようなものです。
 したがって、偽りの歴史の重層化が進めば進むほど、よりたくさんの時間が必要になります。
 しかも、精神分析の効果が実感できるようになるためには、もっとも苦しみに満ちた大脳辺縁系の記憶を意識化しなくてはなりません。

 精神分析で膨大な時間が必要になるのは、こうした理由があるからです。

 ほとんどの人が、偽りの歴史を存在の根拠としています。そのせいで、原因不明の怒りや恐怖、不安といった情動に苦しめられています。
 しかも、同時に発生するストレスは、心身の病気の元凶でもあります。

 したがって、多くの人が大脳辺縁系の記憶を意識化して、真実の歴史を紡ぎあげることができれば、さまざまな病気は激減します。
 さらに、自己蔑視や自己否定に苦しむ人も激減するため、自分自身や他人を傷つける人もいなくなります。具体的に言えば、いじめや犯罪の減少、自殺者の減少、各種産業の効率化などが期待できるわけです。

 しかし、精神分析でそれを行おうとすると、何度もお話ししたように、大変な作業になってしまいます。
 膨大な分析期間が必要ですし、それにともなう費用も大変な負担になります。
 また、一人の精神分析医が受け持てる「来談者(精神分析などの心理療法を受ける人を、このように呼びます・「クライエント」とも言います)」の人数にも限りがあります。

 精神分析を行うためには、高度な技術が必要となるため、精神分析医の育成にも多くの時間と莫大な費用が必要となります。

 こうしたことを考え合わせると、ふつうに生活している人が精神分析を受けることは、かなり難しいと言えるでしょう。

 もちろん、日常生活に支障をきたすような重度の神経症や恐怖症に苦しんでいる人が、治療として精神分析を受けることはあります。
 しかし、心身の病気の予防や、自由な心の獲得のために精神分析を受けるなどというようなことは、ほとんどあり得ないのです。

 現代では、重度の神経症や恐怖症に対しても、精神分析以外の治療法を行う場合が増えてきています。特にアメリカでは、認知行動療法が主流になりつつあります。
 その一番大きな理由は、増大し続ける医療費を削減することが必要になってきたからです。

 精神分析は、長い治療期間が必要であり、しかもハッキリとした治療効果が得られない場合もあります。
 それに比べて認知行動療法は、比較的短期間のうちに、ほぼ確実な治療効果が期待できます。そのため、医療費を大幅に削減できるのです。

認知行動療法と薬物療法
 認知行動療法について、簡単にお話ししておきましょう。
 精神分析では、抑圧された記憶(=大脳辺縁系の記憶)を意識化して真実の歴史を紡ぎあげるという作業が中心となっています。
 ところが認知行動療法では、抑圧された記憶については、一切触れません。初めから治療の対象とされていないのです。

 認知行動療法で行う治療は、あくまで実際の行動と、前頭前野を使った大脳辺縁系のコントロールです。

 たとえば、この章の第1節で「人前で話すときに強い不安に襲われてしまう人が、その不安を押し切って何度もチャレンジしていくうちには話せるようになる」という例を挙げましたが、認知行動療法とは、まさにこのような方法論に基づいています。

 人前で話すときに強い不安に襲われるというような状態が高じて、人前で話すこと自体に恐怖を感じるようになってしまうことがあります。
 こうした症状を、スピーチ恐怖症またはスピーチ・フライトなどと呼びます。

 このスピーチ・フライトになってしまった人を治療する場合、認知行動療法では、まさに人前で話しをさせることで治療します。
 もちろん、恐怖に怯える患者を、最初から無理矢理人前に引っぱり出すわけではありません。

 まず、どんな場面で恐怖を感じるかを、細かくレベル分けします。次に、一番恐怖度の低いレベルの場面から、そこで話をしている様子を頭のなかでイメージするイメージ・トレーニングに入ります。
 そうして少しずつ、恐怖感を克服していくのです。

 イメージ・トレーニングが一番恐怖度の高いレベルまでうまく行ったら、実際の場面で同じようにして恐怖感を克服していきます。

 行動面だけではなく、「人前で話すことに対する恐怖は、非合理的で無意味なものだ」と自分自身を納得させるように、思考を働かせます。
 前頭前野の首尾一貫した思考によって、大脳辺縁系の判断を再評価させるのです。
 こうした方法を一歩ずつ着実に進めていけば、短期間で恐怖感を克服できるようになる、というわけです。

 この治療法は系統的脱感作と呼ばれ、認知行動療法では、もっとも一般的な治療法です。
 もちろん、これ以外にも認知行動療法には、たくさんの治療法があります。
 しかし、「実際の行動と、前頭前野による大脳辺縁系のコントロール」という基本的な部分は、同じだと考えてもいいでしょう。

 認知行動療法の目的は、日常生活が不自由なく送れるようにすることです。そのため、多少恐怖感が残ったとしても、人前である程度話せるようになれば、一応治療は終わります。
 あとは経験を積むことで、自信をつけていくように指導します。

 認知行動療法は、このように日常生活を不自由なく送れるようにすることだけが目的なので、不安や恐怖の原因については、まったく追求しません。
 また、治療の目的となっている主症状以外は、高所恐怖症や神経症的な症状があったとしても、治療しません。

 こうした徹底的な管理状態のなかで、主症状の克服だけを目指すため、短期間で確実な効果が得られるわけです。

 また、最近の精神医学では、認知行動療法と並んで薬物療法がさかんになってきています。
 これは、脳科学や大脳生理学、大脳生化学などのめざましい進歩によって、脳内のさまざまな化学物質が明らかにされたことによります。

 たとえば、この章の第2節で少しお話しした神経ホルモンも、脳内化学物質の一種ですが、非常に詳しくその作用がわかってきています。
 さらには、その神経ホルモンの作用を阻害したり促進したりする薬物についての研究も進んでいます。

 こうした研究の進歩から、強い不安に悩まされているときの抗不安薬、うつ状態に陥ったときの抗うつ薬、神経が高ぶって眠れないときの睡眠薬など、さまざまな薬物による治療が、安全でしかも確実に行えるようになりました。

 日常生活に支障をきたすような症状でも、薬物療法でかなり軽減できます。
 つまり、すぐに日常生活に復帰できるようになったわけです。
 もちろん、薬物療法には、副作用もありますから、長期間にわたる服用は、あまり望ましいものとは言えません。しかし、ふつうに生活ができるようになることのメリットは、非常に大きいものがあります。

 一度薬物で症状を軽減しておいて、日常生活を送りながら、認知行動療法を行っていけば、やがては薬物療法を止めることができます。非常に理想的な治療法だと言えるでしょう。

原因療法としての精神分析
 このように、現代の精神医学は、認知行動療法と薬物療法によって、短期間で高い治療効果を上げています。
 そのせいもあって、精神分析は、だんだん日陰に追いやられているように見えます。

 確かに、日常生活に支障をきたすような症状に苦しんでいる場合には、認知行動療法と薬物療法が、一番望ましい方法でしょう。
 しかし、ふつうに生活している私たちにとっては、心身の病気の予防や、自由な心の獲得が一番大切なはずです。
 そのうえ、さし当たって軽減しなくてはならない症状もありません。

 したがって、主症状だけを治療する対症療法である認知行動療法や薬物療法は、あまり役に立たないことになります。
 やはり、大脳辺縁系の記憶を意識化して真実の歴史を紡ぎあげていく、原因療法としての精神分析が一番優れていると言えるでしょう。

 精神分析は、心身の病気の予防や、自由な心の獲得のためには、非常に優れた方法です。
 もし、その精神分析の方法論をうまく利用して、簡単に真実の歴史を紡ぎあげることができれば、すべては解決するわけです。

 実は、それを実現したものが、サイストリーなのです。
 サイストリーの最終的な目標は、真実の歴史を紡ぎあげることです。
 そして、心の体の健康法として、心身の病気を予防し、さらに、自由な心を獲得することです。そのための技法がサイストリーなのです。

 この節では、偽りの歴史真実の歴史についてお話ししてきました。今度は章を改めて、いよいよサイストリーそのものについてお話しすることにしましょう。






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