Psystory

ball (第5節の続き) (明るい家庭を築く、人間関係の問題の原因、親に対する感謝)



嫁と姑のいがみ合いは子供を不幸にする
 どんな場合でも、嫁と姑の関係がうまく行かない一番の原因は、大脳辺縁系の記憶にあると考えられます。そして、そこから発生するストレスは、当事者の嫁と姑だけではなく、まわりの人たちにも牙をむきます。

 たとえば、嫁の立場にある女性が、姑に対する不快の情動発生処理から生まれたストレスを、亭主や子供に向けて発散する場合もあるでしょう。
 また、同じように、姑の立場にある女性が嫁に対するストレスを、息子やほかの家族に向けて発散することもあるかもしれません。

 このような家族間のストレスの押しつけ合いのなかで、犠牲となりやすいのは、一番弱い立場にある子供です。

 母親が子供の前で、大好きな祖母の悪口を言ったとしたら、子供はどう思うでしょう。
 また、自分のことをかわいがってくれる祖母が、大切な存在である母親の悪口を言ったとしたら、子供はどう考えたらいいのでしょう。

 このような状態を、子供がうまく理解できるはずはありません。複雑な葛藤状態から、複雑な抑圧を作り上げてしまうでしょう。
 下手をすると、嫁と姑の関係から発生したストレスを一人で引き受け、心身を病んでしまうことにもなりかねません。

 そうして育った子供は、人間不信に陥りやすく、自己蔑視や自己否定に苦しむことになりやすいでしょう。特に思春期には、さまざまな問題を引き起こす危険性が高くなります。
 もし問題を起こさなくても、無気力に陥りやすくなってしまいます。

 このように、嫁と姑のいがみ合いは、家庭内に起こるさまざまな問題の、大きな原因になってしまうのです。

嫁と姑のいがみ合いがなくなれば家庭は明るく健全に
 それでも、サイストリーの実践によって、いがみ合い自体を解決することができます。
 たとえば、姑との関係に悩む嫁の立場の女性がサイストリーを実践したら、どう変わっていくのか、少しお話ししましょう。

 サイストリーを始めたばかりの頃は、一番心の負担となっている姑に関する記述が多くなるでしょう。
 そして、さまざまな反感や嫌悪、憎しみの記述が終わると、やがては、実母に関する記述に向かうことができるようになります。

 そこで、実母に対する反感や嫌悪、憎しみなどについて、ある程度の記述が終われば、かなり心が軽くなったと感じられるようになります。そうして、姑に対する苦手意識の原因がハッキリと理解できるようになるわけです。

 姑に対して不快の情動発生処理が起きなくなると、姑のことを冷静に見つめ直せるようになります。つまり、前頭前野のすぐれた情報処理能力を、存分に活用できるのです。

 そんな状態で改めて見つめ直してみると、それまでずっと嫌悪してきた姑の欠点が、大したことではなかったと実感できるようになります。
 また、大脳辺縁系の不快の情動発生処理のせいで、嫁自身が姑に対してひどい態度をとってきた、ということにも気づくかもしれません。

 さらには、姑のひどい仕打ちについても、姑自身も同じようなことをされてきたと考えることができれば、怒りや憎しみもだいぶ収まってくるでしょう。

 そうして冷静に対処していくと、大脳辺縁系の記憶のせいで、ずいぶん馬鹿げたことをしてきたと気づくようになります。
 たとえば、夫や子供に八つ当たりして、さんざんつらい思いを味あわせてしまったことや、嫁自身でも、本来苦しむ必要のないところで、苦しみ続けてきたことに気づくわけです。

 ここまで来れば、自由な心をかなり獲得できたと言えます。
 まずは、心が軽くなったように感じるでしょう。もしかしたら、自律神経失調症やアレルギーなどの軽い心身症なら、治ってしまうかもしれません。

 もし、子供が病気がちだったり、自閉気味だったりした場合は、子供が健康で明るくなることも期待できます。
 夫が家庭を顧みずに、毎日のように遅くまで酒を飲んで帰ってくるというような場合でも、早く帰ってくるように変わるかもしれません。

 このような子供や亭主は、嫁と姑のいがみ合いのストレスを、引き受けさせられていた可能性があるからです。

 子供が病気がちだったり、自閉気味だったりしたのは、嫁と姑のいがみ合いのストレスを、引き受けさせられていたからかもしれません。亭主の場合は、そのストレスを避けて、家に寄りつかなくなったのかもしれませんし、引き受けさせられたストレスを、酒で発散していたのかもしれません。

 どんな場合でも、一度発生したストレスは、必ず誰かの心身を蝕んでしまいます。そのストレスの発生自体をサイストリーの実践によってなくしていけば、家庭全体が明るく健全に変わっていって当然なのです。

 さて、今度は嫁との関係がうまくいっていない姑の立場の女性が、同じようにサイストリーを実践した場合について、簡単にお話ししましょう。

 まずは、一番心の負担となっている、嫁に対する怒りや憎しみの記述から始まります。
 やがては、子供に対する怒りや憎しみの記述が続くようになるでしょう。

 そうして、姑自身が嫁の立場だったときの、姑に対する反感や嫌悪、憎しみの記述が始まり、最後にやっと、実母に対する反感や嫌悪、憎しみの記述ができるようになるでしょう。

 こうお話しすると、ずいぶんややこしいように感じますが、これは仕方のないことなのです。年輩になればなるほど、たくさんの記述が必要になる可能性が高いからです。

 姑の立場の女性も、サイストリー記述が進むに連れて、嫁に対する不快の情動発生処理が起きにくくなってきます。特に、姑自身の子供に対する記述がある程度まで終われば、冷静に嫁を見つめ直すことができるようになるでしょう。

 姑の態度については、姑自身が嫁の立場のときの記述がある程度進まないと、あまり変わらないかもしれません。しかし、記述が進んでいくうちには、どんどん態度も改まっていくでしょう。

 そして最後には、それまでの姑自身の行動が、いかに馬鹿げたものであったかに気づき、自由な心を獲得していくのです。
 嫁と姑がひどくいがみ合っていた場合でも、どちらか一方がサイストリーを実践すれば、ずいぶんと事情は変わってきます。

 片方だけでも、不快の情動発生処理から自由になり、冷静に相手を見つめられるようになれば、自然と相手に対する態度が変わってくるからです。
 そうなれば、相手も態度を軟化してくるでしょうし、お互い歩み寄ることが可能になるでしょう。

人間関係のストレスの原因は親だった
 さて、ここまでは、世代間の不和についてお話ししてきましたが、親に対する抑圧された強い情動は、同世代のあいだでも問題を引き起こします。

 たとえば、同世代であっても、なにかと高圧的な態度をとる人というのは、どこにでもいるものです。
 きっと自己蔑視と自己否定がひどく、それを抑圧しているため、絶えずストレスが発生しているのでしょう。そのストレスを、他人を蔑視する態度で発散しているわけです。

 こんな人が身近にいると、そのストレスを受けて、心身に悪影響を受けてしまいます。
 しかも、その人の態度というのは、親が子供に八つ当たりしたり、非合理的な行動をとったりするときと似ています。
 そのため、大脳辺縁系が親と同じだと判断し、不快の情動発生処理をしてしまう場合もあるわけです。

 ただでさえストレスを引き受けさせられているのに、親に対する抑圧された強い情動のせいで、さらに不快の情動発生処理が起きて、自分自身でもストレスを発生してしまうのです。
 これでは、心身に相当な悪影響を受けてしまうでしょう。

 親に似ているというのは、高圧的な態度だけではありません。
 大脳辺縁系の親が原因となる危機的状況の記憶のなかには、親の表情や仕草、行動、言葉、雰囲気など、実に細かな情報が含まれています。
 そうした情報のなかのいくつかを特徴として持っている人に対して、大脳辺縁系は、すべて親と同じだと判断してしまう可能性があります。

 誰でも、親とは長い時間を共有しています。したがって、親が原因となる危機的状況も、親に関する大脳辺縁系の記憶も、膨大な量になるはずです。
 その膨大な量の大脳辺縁系の記憶が、さまざまな人間関係に悪影響を及ぼしているのです。

 ときには、異性の親に関する大脳辺縁系の記憶のせいで、異性を極端なまでに避けるような場合もあります。
 このような人は、どうしても異性とうまくつき合えないため、結局は生涯恋人も作らず、独身のままで過ごすなどということにもつながります。

 もし、親に関する大脳辺縁系の記憶をすべて意識化することができれば、苦手意識をほとんど感じなくてもすむようになるでしょう。
 したがって、さまざまな人間関係のなかで、理由のわからないストレスに悩まされるようなことが、極端に少なくなるはずです。

 たとえば親を思い浮かべたとき、どんな情動がわき上がってくるか、じっくりと試してみてください。きっと、かなり複雑なものになるはずです。
 その複雑さの背景には、大脳辺縁系の親に関する大量の記憶があると考えられます。

親に関する大脳辺縁系の記憶は意識化しにくい
 なかには、「私は親に対する憎しみを、きちんと意識している」とおっしゃる方もいらっしゃるかもしれません。

 しかし、親に対する反感や嫌悪、憎しみというのは、相当な量になるはずです。すぐに思い浮かぶ程度では、そのすべてを意識化できたとは、とても言えないでしょう。

 今現在、苦手意識を持っている人について、考えてみてください。
 その一人一人に対して、苦手意識の原因がハッキリしているかどうか、その原因について実感が持てるかどうか、よく検討してみてください。

 きっと、抑圧された親に対する反感や嫌悪、憎しみについて、なにかヒントが得られるでしょう。
 また、「親のことを、大切だとか、絶対だとか思ったことはない」などとおっしゃる方もいらっしゃるかもしれません。

 しかし幼少期には、誰よりも大切な存在だったはずです。
 そのような持っていて当然の気持ちがハッキリ意識できないとなると、親が原因となった相当にひどい危機的状況があったと考えられます。それが抑圧されていて思い出せないため、そんなふうに考えてしまうのでしょう。

 こんな方もいらっしゃるでしょう。「私は親に本当によくしてもらった。親へのうらみなどなにもない」と。
 さらには、「私の親ほど素晴らしい人はいない」などとおっしゃる方もいらっしゃるかもしれません。

 実は、親に対してこのような考え方をしている人が、一番親に関する大脳辺縁系の記憶が多いと考えられるのです。
 特に、親を全面的に肯定する人は、それだけ親に対する反感や嫌悪、憎しみが強いはずです。
 そうした強い情動をいつでも抑圧し続ける必要があるため、前頭前野が異常なまでに親を肯定し続けていると考えられるからです。

 さらにまた、肯定し続けているせいで、親に関する大脳辺縁系の記憶が、意識化されるチャンスもなくなってしまいます。まさに悪循環なのです。

 このような人は、他人に対して不快の情動を感じやすく、ときに、それは強い情動となります。
 そして、その不快の情動を正当化するために、他人のあら探しばかりするようになります。

 そうして最後には、あら探しをして欠点をたくさん見つけた他人と比べて、「私の親ほど素晴らしい人はいない」と結論づけるのです。

 先ほどの嫁と姑の問題でも、嫁側が実母について全面的に肯定しているとすれば、相当に根が深いと考えなくてはなりません。
 大量の親に関する大脳辺縁系の記憶が抑圧されたまま残っているため、姑に対して、なにかにつけて不快の情動発生処理が起こってしまうからです。

親に対する本当の意味での感謝
 一番極端な例は、「親には、いつでも感謝しなければならない」と思い込んでいるような人です。
 確かに、親に感謝することは素晴らしいことですし、自分自身の存在の肯定にもつながります。
 しかし、本当に親に対する感謝の気持ちを実感するためには、親に対する反感や嫌悪、憎しみの情動を意識化することが必要になってきます。

 それができたあとに、今度は親のそのときの状況を理解し、子供だった自分自身に対して、どうしてあんなひどいことをしてしまったのか、その理由を知る必要があります。

 そうして、「結果として、私につらい思いを味あわせたが、当時の親にとってはどうしようもないことだったんだ、それでも当時の親としては、精一杯だったんだ」と理解することが必要なのです。
 また、「ときには私に対してひどいことをしたが、それは親自身が受けたひどい仕打ちが原因なんだ」という理解も必要でしょう。

 ここで重要なのは、親のそのときのつらさや悲しさ、悔しさなどの感情を理解することです。親もそのときには、相当につらかったのです。悲しかったのです。悔しかったのです。
 だからこそ、子供に対してひどいことをしてしまったのです。

 こうした一連の親に対する深い理解が、確かな実感とともにできるようになったとき、大きな心の自由を手に入れることができます。
 そうして初めて、そんなひどい境遇のなかでも、自分を愛し、育ててくれた親に対して、感謝の気持ちがわき上がってくるのです。

 この一連の心のプロセスがなければ、親に対する本当の意味での感謝の気持ちは、持てないと思った方がいいでしょう。
 それをまったくせずに、「親には、いつでも感謝しなければならない」と思い込んでいるような人は、きっと卑劣な親に育てられたのでしょう。

子供に感謝を強制する親
 たとえば親が、口癖のように「ああしてやった、こうしてやった」と恩着せがましいことばかり言っていると、子供は自然と「親には、いつでも感謝しなくてはならない」と思い込まされるようになってしまいます。
 このような恩着せがましい言葉の裏には、「本当は、そんなことしてやる必要はないのだが、そうしてやった以上、感謝して言いなりになれ」という冷酷な思考が隠れています。

 この冷酷な思考には、子供に対する愛情など少しもありません。子供のことを、なんでも言いなりになる奴隷程度にしか考えていないのです。

 子供の方も、親の冷酷な態度に接し続けていると、親に愛されていないことを直観します。
 心の奥で、「親が私を育てているのは、愛情からではなく、将来の奴隷の養成だった」と悟ってしまうのです。

 そうして子供は、親に世話になった分、生涯を通し奴隷として仕えなくてはならない、と感じるようになります。
 やがては、そんな不自由な人生を送らなければならない自分自身を憎むようになり、自己蔑視と自己否定に陥ります。

 このような子供は、思春期に問題を起こす場合も多いのですが、思春期を乗り切ると、落ち着いてくる場合があります。
 「親に対する自己犠牲の精神は素晴らしいものだ」という大人本位の価値観を、自分の存在の根拠にしてしまった場合です。

 一度そうなってしまうと、身近にいる上の世代の人にも認められやすく、平然と自分自身を否定しながら生きるようになります。
 そうして、「親には、いつでも感謝しなくてはならない」という思いこみを強化していくわけです。

 しかし、このような生き方をしていると、親に関する大脳辺縁系の記憶がまったく意識化されません。
 そのせいで、なにかにつけて情動発生処理が起きてしまい、いつでも人間関係で悩まされることになってしまいます。

 そして、絶えずストレスに苦しめられるようになり、病気がちになったり、酒に溺れたりして、不幸な人生を送ることになりやすいのです。

 これはすべて、卑劣な親の態度が原因です。
 インドのことわざに、「最低の親とは、子供に感謝を強制する親である」というのがありますが、まさにこのような親は、子供の人生を不幸に導いてしまうのです。

 この節では、サイストリーの重要なポイントである親への憎しみについて詳しくお話ししました。
 これで、サイストリーについての説明は、ひとまず終わりにしたいと思います。
 それでは、サイストリーの実践に入りましょう。






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