Psystory

ball 第6節 実践後の人生 (効果の実感、人間関係の見直し、人間そのものの深い理解)



サイストリーはどのくらい実践すれば効果が実感できるか
 さて、このように素晴らしいサイストリーの効果ですが、それでは、いったいどのくらい実践すれば、ハッキリと実感できるようになるのでしょうか。

 この問いの答えは、そんなに単純ではありません。非常に個人差が大きいからです。

 たとえば、大脳辺縁系の記憶の総量は、その人が生涯のなかでどれだけ多く危機的状況に陥ったかによって、大きく左右されます。
 大脳辺縁系の記憶が多ければ多いほど、サイストリー記述の量も多くなるはずです。

 危機的状況の度合いも、ごく軽いものから瀕死の状態のものまで、まちまちです。
  もし、瀕死の状態に近いような危機的状況であれば、大量のサイストリー記述が必要になるかもしれません。

 そういった要素以外にも、第2章第5節で、嫁と姑の問題についてお話ししたときに少し触れたように、サイストリーを実践し始めた年齢によって、サイストリー記述の量が違ってくるということも考えられます。
 しかし、実際にできあがったサイストリー記述量によって、ある程度の目安をつけることはできるかもしれません。

 特に、この節でお話ししたような副次的効果が実感できる程度ということであれば、より目安をつけやすくなります。
 そうした条件を踏まえた上で予想してみると、だいたい10万文字(単行本1冊程度)まで記述が進めば、いくつかの副次的効果が実感できるようになってくるでしょう。

 心身の病気の予防という目的も、この頃から、その達成を実感できるようになると思います。
 30万文字(単行本3冊程度)まで記述が進めば、多くの副次的効果がハッキリと実感できるようになるでしょう。

 自由な心の獲得も、「心の軽さ」や「爽快な気分」といった形で実感できるようになってくるでしょう。
 そのあとは、記述すればするほど心の自由度が増してきて、それまで気づかなかったことにも、どんどん気づくようになってきます。
 それまで気づいていても実感が持てなかったようなことにも、確かな実感が持てるようになります。

 また、自分自身のさまざまな能力も、想像以上に大きかったことが、ハッキリと実感できるようになるでしょう。

 こうしたことから、10万文字程度を最初の目標にすればいいのではないかと思います。
 そこまでサイストリー記述が進めば、必ずなんらかの効果が実感できるようになると予想できるからです。

 一度こうした効果が実感できれば、サイストリー実践の素晴らしさも実感していただけると思います。あとは自然と、どんどんサイストリー記述が進むでしょう。

サイストリーの効果が実感できない場合
 そんなことはないと思いますが、もし10万文字程度まで記述が進んでも、全然効果が実感できないというような場合、前節のサイストリー実践上の注意を、もう一度読み返してみてください。
 また、サイストリー実践の環境のチェックも必要でしょう。

 サイストリー記述に他者の要素が入っていたり、記述の大部分が偽りの歴史になってしまっていると、あまり効果が期待できません。
 サイストリー実践の環境はどうでしょうか。
 あまりにひどい環境だと、やはり効果が半減してしまいます。

 さらに、精神的または神経的な病気が関与しているのかもしれません。
 恐怖や不安など、特定の情動が長く続いていないでしょうか。また、耐えられないほどの精神的苦痛はないでしょうか。

 自分自身の精神状態をチェックしてみて、少しでも怪しいと感じた場合には、一度精神科(神経科)または心療内科を受診することをお勧めします。
 また、身近な人に精神科(神経科)や心療内科の受診を勧められた場合などは、素直に従った方がいいでしょう。

 誰かに勧められてサイストリーを実践し始めたという場合には、別の意味で効果が実感できないということも考えられます。
 勧めてくれた人に対して反感や嫌悪、憎しみを持っている場合です。

 ふつう、反感や嫌悪、憎しみの対象となっている人から勧められても、素直に従えないものです。
 ところが、それでも従ったとなると、まずなんらかの強制があったと考えられます。

 そんな場合には、勧めてくれた人を否定するために、勧められたものを無価値化しようとします。
 そうして最後には、「やっぱり、あいつは嘘つきだ」とか、「あいつの言うことは、あてにならない」と納得するわけです。

 一番ややこしいのは、勧めてくれた人に対する反感や嫌悪、憎しみを抑圧していて、意識できない場合です。
 勧めてくれた人に対して、大脳辺縁系が不快の情動発生処理をしているのですが、その人が上司だったり恩人だったりすると、その情動を抑圧してしまうことがあります。
 しかも、前頭前野は、その勧めてくれた人を信頼しています。

 このような場合、大脳辺縁系がサイストリー実践を妨害し続けます。
 そのため、なかなか思うようにサイストリー記述が進まず、イライラすることが多くなります。しかし、どうしてそうなってしまうのか、意識できないため、わかりません。
 そうして最後には、サイストリーの実践自体が無価値なものだ判断してしまうのです。

 つまり、本当は、勧めてくれた人に対する反感や嫌悪、憎しみが原因でサイストリーの実践がうまくいかないのですが、そうした情動を抑圧しているため、サイストリー自体に原因があるように感じてしまうわけです。

 どちらにしても、誰かに勧められてサイストリーを実践し始めた人で、どうしても効果が実感できないという場合には、一度勧めてくれた人に関するサイストリー記述を行うことが必要です。

 勧めてくれた人に対する反感や嫌悪、憎しみを意識している場合には、そうした情動発生処理が収まってきて、サイストリーの実践と切り離せるようになります。
 そうして、それまで否定していた効果が、しっかりと実感できるようになるでしょう。

 勧めてくれた人に対する反感や嫌悪、憎しみが意識できない場合には、徹底的に記述する必要があります。
 最初は、その人の長所やその人に対する感謝の気持ちばかりの記述になるでしょう。
 それでも、記述し続けているうちには、いずれは、その人の短所やその人に対する不満なども意識できるようになり、最後には、反感や嫌悪、憎しみも意識できるようになると思われます。

 勧めてくれた人に関する記述をしてみても、なんの効果も実感できないという場合には、やはり前節のサイストリー実践上の注意を、何度も読み返してみてください。

サイストリー実践後の人間関係の見直し
 さて、サイストリーを実践し始めて、ある程度の効果が実感できるようになったあとの人生について、少しお話ししてみましょう。

 サイストリーを実践し始めると、それまでの人生が、いかに馬鹿げたものであったかを思い知らされます。みずから進んで、つらく苦しい人生を歩んでいたことに気づくわけです。
 また、次から次へと明らかになっていく真実の歴史は、自己認識のいい加減さを、まざまざと見せつけてくれます。

 それまでの人間関係についても、すべてが見直されてきます。
 たとえば、極端に嫌悪していた人が全然気にならなくなったり、それとは逆に、今までもっとも頼りにしていた人が、実は自分を苦しめ続けていた張本人だとわかったりもします。

 このような人間関係の見直しのなかで、今後の問題として浮かび上がってくるものがあります。それは、現在の恋人や結婚相手と恋に落ちた原因が、助けてくれた人たちの記憶による大脳辺縁系の判断だったと気づいた場合です。

 この問題は、一時的に強い苦しみを生むかもしれません。相手に対する愛情や信頼が、崩壊してしまうからです。

 一度そうなると、それまで意識しようとはしなかった相手に対する反感や嫌悪、憎しみが、そのまま意識されるようになります。
 「百年の恋」が冷めて、いきなり「百年の不作」となってしまったようなものです。

 恋人だった場合には、すぐに別れたくなるでしょう。婚約が済んでいた場合でも、解消したくなってしまいます。結婚していた場合には、離婚まで考えるかもしれません。
 もし、子供がいた場合などは、途方に暮れてしまうでしょう。

 しかしこんな場合こそ、冷静に対処する必要があります。
 確かに、大脳辺縁系の判断のせいで前頭前野が活性を落とされ、恋に落ちたわけです。もし、前頭前野が正常な思考能力を保っていたとしたら、その相手を選ぶことはなかったかもしれません。

 それがわかっていながら、以前と同じような生活を続けていくことは、実質的に不可能です。
 このような状態になってしまったら、その相手に関するサイストリー記述を、徹底的に行うことが大切です。
 相手に対する反感や嫌悪、憎しみを、徹底的に記述していくのです。

 このとき記述する反感や嫌悪、憎しみというのも、もとはといえば、前章第4節でお話ししたもっとも大切だと判断した人の裏切りから発生したものだと考えられます。
 つまり、過去に助けてくれた人たちと同じように行動してくれなかったことに対する、まったく一方的な反感や嫌悪、憎しみなのです。

 それがハッキリとわかった段階で、初めて相手を冷静に見つめ直すことができます。今後の相手との関係を考え直すのは、それからでも遅くはありません。

 また、このとき、絶対に忘れてはならないことがあります。
 どんな理由で恋に落ちたとしても、相手がその恋を受け入れてくれたことだけは、紛れもない事実なのだということです。

 出会ってから現在までの二人の想い出を、サイストリー記述で確かめてみてください。
 結婚して子供までいるような場合には、きっとたくさんの楽しい想い出があることでしょう。
 そうした想い出の一つ一つをゆっくりと確かめてから、今後の関係を考え直すことが、一番の方法だと思います。

 サイストリー実践による人間関係の見直しは、さまざまなところで、着実に進んできます。
 特に、親への憎しみ助けてくれた人たちの記憶が意識化されてくると、それまでの人間関係が一変してしまいます。

 しかしそこで止まってしまうと、今まで意識しようとはしなかった情動ばかりが目立ってしまいます。それを防ぐためには、そうした情動について、サイストリー記述を行うことが大切です。

 こうした一連の作業が終わって初めて、前頭前野の優れた情報処理能力を充分に生かした、理想的な人間関係の構築が可能になるのです。

人間そのものの深い理解
 さて、サイストリーの実践を長く続けていると、自由な心の獲得以外に、もう一つおもしろい効果が現れてきます。
 それは、ほかの人の心の動きが、まるで手に取るようにわかるということです。

 もちろん、情動発生が激減するせいで、いつでも前頭前野の優れた情報処理能力を、充分に活用できるということもあります。
 しかし、それ以上に重要なのは、自分自身の心がどのように不自由になっていったのか、そのメカニズムについて深く理解できるようになる、ということです。

 脳の大まかな構造は、どの人でも同じです。したがって、心のメカニズムも、大体同じものになるはずです。
 その心のメカニズムが理解できるのですから、ほかの人の心のなかでなにが起きているのか、わかっても当然なのです。

 このことの意義の大きさは、計り知れません。
 たとえば、身近な人たちのなかで、人間関係のトラブルがあるような場合には、その原因が簡単にわかるようになります。そうして、もっとも効果的な解決策を、考え出すことが可能になります。

 さらには、まわりの人たちの心の状態がハッキリとわかるため、まだ表面化していない問題点まで、見抜くことができるようになります。
 つまり、さまざまなトラブルを未然に防ぐことまでが、可能になるわけです。

 この、他人の心の状態を理解するという能力は、人生のさまざまな場面で役立てることができます。
 仕事でも大いに役立つでしょう。新しい人間関係を築き上げるためには、最強の武器にもなります。

 しかし、もっとも重視すべき点は、なんといっても人間そのものの理解です。
 サイストリーの実践によって、自分自身を深く理解し、さらに他人の心を理解するということは、とりもなおさず、人間そのものの深い理解を表しているのです。

サイストリーはどのくらい実践し続ければいいのか
 最後に、サイストリーは、いったいどのくらい実践し続ければいいのか、ということについてお話ししましょう。

 先ほどはサイストリー実践の目安として、30万文字程度まで記述が進めば、自由な心の獲得がある程度実感できるとお話ししました。
 さらに、その後は、記述を続ければ続けるほど、心の自由度が増してくるともお話ししました。

 それでは、サイストリー記述は、いつかは完成するのでしょうか。
 30万文字をはるかに越えるほど記述が進み、幼少期の記憶まで細かく記述できていて、さらに、最初から最後まで読み返してみても、もうなにも思い浮かんでこないというのであれば、一応は、一区切りついたと考えてもいいでしょう。

 そのころには、心身の病気の予防も、自由な心の獲得も、かなりの実感を持てるようになっていると思われます。
 もう、自分自身の過去について、ひたすら記述し続ける必要はないでしょう。

 しかし、人生は終わったわけではありません。
 ときには厄介なトラブルに巻き込まれることがあるかもしれません。なんとなく気分がスッキリしなかったり、変にイライラしたりといった情動発生に苦しめられることもあるかもしれません。

 そんな場合には、ストレス・マネジメントとして、いつでもサイストリー記述を利用してください。そうしているうちには、新たに大脳辺縁系の記憶が意識化できるかもしれません。

 また、一区切りついた後でも、なにかを思い出してサイストリー記述をしたいと思ったら、いつでも追加したり修正を加えたりしてください。

 ときには、サイストリー記述を読み返してみるのもいいでしょう。そんな場合には、ワープロ・ソフトの検索機能を使うと便利です。
 そうして、自分自身のアイデンティティを確認し、今後の人生に積極的に役立てていってください。

 サイストリー実践の最終目標は、真実の歴史を紡ぎあげることです。
 しかし、人生が続く限り、その作業が完成することはありません。真実の歴史とは、あくまで最終目標であり、到達可能なゴールとは違います。

 真実の歴史とは、言うなれば、心身の病気の予防と自由な心の獲得という目的のために正しい方向を指し示し続ける、永遠の指標なのです。






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