How to overcome depression
ball 母が突然おかしくなった(発症1日目)ball



 もう、数年前のことになります。
 強い寒波が日本列島を包み込み、木枯らしが吹き荒れる、厳しい1月下旬のことでした。

 仕事場に、ふだん電話をかけてこないはずの父から、電話がかかってきました。
 もしかしたら、母に何かあったのかもしれない。そんなことが脳裡をよぎりました。
 ここ半月くらい、母が不眠と疲労を訴え続けていたことを知っていたからです。かかりつけの内科医からは、不眠の治療のため、精神安定剤を処方してもらっていました。

 案の定、父からの電話は、母の様子がふつうではないというものでした。

 しかし、父の話を聞いても、なにがどうおかしいのか、釈然としません。
 父の方も、どう伝えたらいいのか、かなり苦しんでいるようです。そこで、母と代わってもらうことにしました。

 電話に出た母は、開口一番「ダメなんだよ、もうダメなんだよ」といきなり話し出しました。
 「いったいなにがダメなんだ?」私の方もわけがわからず、聞き返しました。
 しかし母は、「ダメなんだ、とにかくダメなんだよ」と繰り返すだけです。何度聞き返しても、同じことでした。

 仕方なく、父に電話を代わってもらい、状況を確認しました。
 やはり母は、「眠れない眠れない」と言っていたようです。さらに、便秘も続いていて、ご飯もあまり食べられない、炊事も洗濯も掃除もまともにできない、ということもわかりました。
 また、熱があって、とてもだるそうだということでした。

 父の話を聞いたとき、嫌な予感が頭をよぎりました。
 その予感を振り切るために、「きっと疲れがたまっていて、風邪をひいただけだ」と自分自身に何度も言い聞かせました。

 私はとにかく実家へ向かいました。父も疲れきっているようですし、どんな様子なのか確認する必要があると強く感じたからです。
 実家に着くと、父が玄関まで出迎えてくれました。ふだんなら、母の仕事です。困惑と疲労でやつれた父の顔を見ると、ことの重大さがひしひしと伝わってくるようでした。

 熱のせいか、母は寝室で横になっていました。
 私が挨拶しながら近づくと、母は私の方を向きました。
 そのとき、いつもとはまったく違う、何かにおびえているような、ひどく不安げな母の表情が目に入りました。
 そして、母はまたしても、「ダメなんだ、もうダメなんだよ」、と絞り出すように、私に話しかけたのです。

 私は、電話口でも続けた「ダメなんだ、ダメなんだよう」「なにがどうダメなんだ?」という押し問答をしばらく続けました。
 そして、父の助けも借りて、何度も何度もしつこく繰り返すうちに、いくつかの心配事をやっと聞き出すことができました。

 その心配事というのは、そんなに難しいことではありませんでした。いつもの母なら、そんなに手間取らずに片づけてしまうようなことばかりでした。
 私は、それぞれの心配事に対して、一つずつ解決方法を示しました。そして、私と父が代わりにやるから大丈夫だ、と一つずつ母に納得してもらいました。

 ところが・・・
 納得してくれたはずの母が、「ダメだ。やっぱりダメだ。もうダメなんだよ」と、また言い始めたのです。
 さすがに私も、腹が立ってきました。ついさっき、すべての心配事について、大丈夫だと納得してくれたはずなのに、また「ダメだ」を繰り返すのです。
 私は母に、ちょっと声を張り上げて、もう一度解決方法を示しました。

 そんな私の様子を見て、父がたしなめてきました。
 そして、今朝からずっとこんな調子で、なにを言っても聞いてくれないんだ、と教えてくれました。私は、このことが父の困惑の原因だったのだと、初めて悟りました。

 落ち着いて母の様子を見ると、私の方を見ていても、目の焦点が合っていません。遠くを見つめるような目つきです。
 そして、私と話しをしているようでいて、実は心の中の誰かと話しをしている、というような様子でした。

 さらに母は、何かにせき立てられているかのように、家の中を歩き回り始めました。
 私はそんな母に、何度も声をかけました。
「そんなにあわてないで、落ち着いて休んでなよ」
 母は、私の声を聞くと、一度はふとんに戻って横になるのですが、しばらくすると、じっとしていられなくなって、また立ち上がって歩き回ります。
 そして、大きな苦痛に押しつぶされそうな表情で、絞り出すように、「ダメだ、だめなんだよう・・・」と、つぶやくのでした。

 そんな母の様子を見ながら、母の心のなかで、何かとんでもないことが起きている、とハッキリと自覚しました。
 父の話では、今朝から何度も同じようなことを繰り返していると言うことでした。

 もしかしたら・・・これは・・・嫌な予感が、私の心を占領し始めました。
 うつ病・・・精神分裂病・・・アルツハイマー・・・脳梗塞・・・脳腫瘍・・・多発性硬化症・・・前頭葉ピック症・・・考えたくもない病名が、いくつも脳裡をよぎりました。
 私はくじけそうになる自分自身の心を必死で立て直し、考えを巡らし始めました。
 まずは、脳に異常があるかどうかの確認が必要です。

 最近起こったことや過去のことなどについて、リラックスした雑談風の話し方で、いろいろと聞いてみました。
 すると、ほとんどの質問に対して、しっかりとした回答がありました。どれも間違いありません。ふつうの会話の受け答えに関しては、苦痛に満ちた表情を除けば、まったく異常が見られないのです。

 さらに、今なにが一番つらいのか、聞いてみました。
 すると、眠れないことだ、と答えてくれました。さらには、便秘のせいでご飯が食べられない、食欲がないということでした。

 どうやら、アルツハイマーや脳梗塞といった脳そのものの異常ではないな、と感じました。いろいろなことがあって、極端に疲れがたまったんだろう、そんなふうに感じました。

 ここ1、2年、私の両親にとって、本当に大変なことばかり続きました。
 私の兄弟は、私も含め、それぞれ結婚していて、家庭を持っています。全員子宝にも恵まれています。
 その兄弟たちが、ギャンブル依存による借金や、夫婦の不和による離婚騒ぎなど、いろいろな問題を起こしたのです。
 さらに、15年も一緒に暮らしてきた愛犬の死という、つらく悲しい事件もありました。

 そんなことがいくつも重なって、母は疲れきってしまったのだろう、そう考えるのが自然だと思われたのです。
 1年ほど前の愛犬の死の後は、しばらく食事がとれず、ずいぶんやせてしまったということもありました。

 さまざまな心労や心的苦痛が原因で起こるうつ状態を、「抑うつ反応」などと呼びます。不眠や便秘、体重減少なども、よく起こります。
 このような状態に陥ったときでも、ゆっくりと休み、充分に睡眠をとることができれば、比較的簡単に回復することができます。

 私は母に対して、努めて明るく振る舞いました。そして、母になるべく話しをさせるよう注意しながら、会話を続けました。
 その中で、とにかくゆっくり休むこと、眠るのはとても大切なことだ、というようなことも話しました。
 そうしてしばらく話していると、母の様子が変わってきました。ぎこちないのですが、笑顔も見せるようになりました。

 父に対しては、とにかく母をゆっくり休ませてあげて、多少時間がズレても、たっぷりと眠らせてあげるように話しをしました。
 それから、絶対に怒ってはいけない、イライラしてはいけない、というようなことも話しました。

 その日は、食事をしたり雑談をしたりして、しばらく時間を過ごしました。そして、母が精神安定剤を飲んで床に着くのを確かめてから、帰宅することにしました。

 帰路、不安に悩まされながらも、いろいろと考えました。
 どうしてあんなに、かたくなに現実を否定するんだろう。あの「ダメだ、ダメなんだよう」というのは、いったい何を表しているのだろう。
 かたくなな「現実の否認」というのは、ふつうのうつ状態とは、少し違います。どちらかというと、精神分裂病の「妄想」に近い症状です。

 そこで思いついたのは、「分裂病様症状」というものです。
 一見精神分裂病のような症状を示すのですが、入院や投薬などでたっぷりと睡眠をとらせると、すっかり治ってしまうというものです。
 そんなことを考えながら、母はきっと大丈夫だろう、と何度も自分自身に言い聞かせました。

 しかし・・・
 現実は、そんなに甘いものではなかったのです・・・






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