How to overcome depression
ball 受診拒否、自責の念、自殺念慮、自傷行為(発症3日目)ball



 今日は、母を精神科へ連れて行ける、そう思いながら、朝早く家を出ました。
 昨日は、睡眠薬でたっぷりと眠っているはずなので、もしかしたらだいぶよくなっているかもしれない、そんな期待もありました。
 そうして実家へ着くと、そんな期待は、すべて吹き飛んでしまいました。母の状態は、昨日よりも悪くなっていたのです。

 母は別室で横になっていました。その横には、私の兄がいて、母の様子を監視しています。
 私が来たことを知ると、兄はすぐに目配せしました。そして、部屋を出て、母に聞かれないように、母の今朝起きてからの状況を説明してくれました。

 母は、今朝目覚めてからも、ずっと動こうとしなかったそうです。頭を抱えてつぶやき続け、話しかけても、まったく聞こうとしなかった、ということでした。
 私は、兄に代わって母の様子を見ました。母は、私の顔を見ても、表情一つ変えません。自分だけの世界に閉じこもってしまっています。昏迷状態と言ってもいいでしょう。
 そして、頭を抱え込むようにして、「私が悪いんだ。私が悪かったんだ」とつぶやいています。その表情は、これ以上はないと思えるくらい苦痛に満ちたものでした。
 うつ病の主症状のひとつ、「強い自責の念」です。

 胸が締めつけられるような思いでした。
 すべての罪を背負って、自分を責め続けている母の姿を目の当たりにすると、悲しくて苦しくて、私自身も動けなくなりそうでした。

 もうここまで症状が出れば、「うつ病」以外考えられません。それも、かなり重病のようです。
 私は父に、すぐに病院へ連れていこう、と伝えました。父は、すぐに母を着替えさせてくれました。
 そして、母を自動車へ乗せようとしたのですが・・・

 玄関まで来たとき、母は、強烈な力で抵抗しました。「病院なんか行ってもダメだ、行きたくない、嫌だ」と騒ぎ、玄関から外へ出ようとしないのです。
 私と兄と父とで外へ連れ出そうとしたのですが、その3人の力を持ってしても、母を玄関から外へ出すことはできませんでした。
 いくら説得しても、まったく聞き入れてはくれません。

 これには、ほとほと困り果てました。今の状態では、無理矢理病院へ連れていっても、受診を拒否するだけでしょう。
 医師も、本人が「受診拒否」している場合、基本的に診察をしません。人権問題に関わるからです。

 せっかく、精神科の診察を受けられると思ったのに・・・
 私は途方に暮れました。
 母は、外出着のまま、さっきまでいた部屋へ戻って、横になっています。
 私は、母の横に座って、懸命に思考を巡らしました。しかし、なかなかいい考えが浮かんできません。

 母は、頭を抱えて、「私が悪いんだ」、と時たまつぶやいていました。
 しかし、母がつぶやいた次の言葉が、崩れかかっていた私の心をよみがえらせました。
 「私が悪いんだ、私さえいなければ・・・私なんかいなくなればいいんだ・・・」

 これは、「自殺念慮」「死の念慮」とも言います)と言われているものです。先ほどの「自責の念」と同様、うつ病患者に顕著に見られるものです。
 そして、うつ病患者の自殺は、この「自殺念慮」から起こると考えられています。

 とうとう、母の自殺という最悪の事態が、現実味を帯びてきたのです。
 私はとっさに、子供の病気のことで何度も利用した、クレジット・カードの医療相談へ電話をすることを思いつきました。

 電話口で事情を説明すると、精神科の医師が応対してくれることになりました。
 私は、できる限り詳しく母の病状を伝えました。するとその医師は、かなり危険な状態です、とすぐに判断しました。さらに、精神科の場合、患者が受診を嫌がることも多いので、家族が代わりに受診することができるはずだ、と教えてくれました。

 私はすぐに、昨日行った総合病院の精神科へ電話をかけました。そして、事情を説明すると、やはり本人の代わりに家族が受診できる、と答えてくれたのです。
 消えかかっていた光明が、再び見えてきました。

 母の様子を確かめ、父と兄にしっかりと監視を頼むと、私は病院へ急ぎました。
 総合病院なので、受付でややこしい手続きがいくつか必要でした。それでも、精神科受付の窓口まで、なんとかたどり着くことができました。

 生まれて初めての精神科外来の待合室には、今まで見たことのないような患者の姿がありました。
 ベンチに、ひどくつらそうに寝そべっている人が、何人もいました。きっと「うつ病」患者なのでしょう。
 ある患者は、自分のまわりのイスの手すりをずっと磨いていました。「強迫性障害」の患者だと思います。
 どんな病気なのでしょう。モデルだと思われる、ひときわ美しい女性もいました。

 しかし、一番驚いたのは、患者の数の多さでした。
 受付窓口には、完全予約制と書いてあります。それなのに、待っている患者の数が、異様に多いのです。
 きっと母のように心を病んでしまった人が、大勢いるということなのでしょう。

 そんなことを考えていると、受けつけ窓口の看護婦が、私の名前を呼びました。意外と早かったな、と少し喜びながら受付窓口まで行くと、受診ではありませんでした。
 なんと兄から精神科待合室の私のところへ、電話がかかっているというのです。

 私はあわてて、電話に出ました。すると兄は開口一番、「すぐに入院させないとダメだ!」と叫びました。
 続けて、母がすごい力で母自身の頭を殴っている、押さえつけようとした父の首を絞めようとした、などとすごい剣幕でまくし立てました。

 私は気が遠くなりました。とうとう一番心配していた「自傷行為」(文字通り自分自身を傷つける行為のことです)が始まってしまったんだ、と思いました。
 しかし、受診の順番を待つ今の私に、できることはありません。そのことを兄に告げ、なんとかもう少し頑張ってくれ、と頼むしかありませんでした。

 私は、電話を受け継いでくれた看護婦さんに、あとどのくらい待てばいいのか、聞きました。
 その看護婦さんは、兄から少し話を聞いたらしく、「大変なようですね。今確認してきます」といって、診察室の方へ走っていってくれました。

 そして、しばらくして戻ってきてから、「もう少しでお呼びできると思います。先生の方にも事情を話しておきました」と言ってくれました。
 私は、お礼を言って、席に着きました。

 どうにも落ち着くことのできない、つらく長い待ち時間でした。実際には10分ほどだったのですが、えんえんと続く地獄のような時間でした。
 そうして、やっと診察室へ呼ばれました。

 私は医師に、母の症状を事細かに伝えました。相手は専門家なので、安心して専門用語駆使することができます。そのおかげで、非常にスムーズに話が進みました。
 私の話を聞いていて、まず医師は、「よくご存じですねえ」と感心してくれました。緊急を要する事態だということも、簡単に納得してくれました。
 さらに、「緊急事態なので、上のものと相談してみましょう」と言ってくれました。

 しばらく診察室で待つと、その医師がやってきました。
 そして、「専門的な知識が相当におありなので、私が間接的に説明するよりも、直接私の上司と話しをしていただいた方がいいと思います」と言われました。

 また待合室で待つことになりました。
 先ほどよりも希望が持てる状態になったとはいえ、もう病院へ着いてから、かれこれ3時間程度経過しています。母の病状を考えると、やはり相当につらい待ち時間でした。
 そして、やっと診察室へ呼ばれました。
 今度の医師は、だいぶ年輩でした。私はもう一度母の病状について、事細かに説明しました。

 その医師は、今回のようなケースでは、入院治療が最善だが、今はベッドが埋まっている、ベッドの方はこれから確保するが、患者本人が入院を同意しない限り入院は難しい、といった内容の話しをしました。

 私も、思い出しました。そうなのです。以前は、家族が入院を望み、医師が必要だと判断すれば、本人の意思に関係なく、比較的簡単に入院治療はできました。
 しかし、患者本人の人権問題や、家族間のもめごとに「強制入院」が利用されたりしたので、本人の同意がないと、簡単には入院できないように法律が改正されたのです。

 現代でも、「自傷他害」(自分自身を傷つけたり他人に害を及ぼすことです)の危険がある場合に、「措置入院」としての制度はありますが、かなり大変です。警察や保健所から手続きをして、指定医2人以上の診断、そして県知事の承認が必要です。
 しかも、入院先の病院は、どこになるのかわかりません。

 母の場合は、受診さえも拒否しているので、どうにもなりません。
 私は、またまた大きな壁にぶち当たってしまったのです。

 その医師は、とにかく患者の落ち着かせることが必要だ、それには、今ある精神安定剤をうまく使えばいい、そして、なんとか説得して、ここへ連れてこないことには、どうにもならない、と告げました。
 さらに、精神科での診察などと言うと拒否されやすいので、知り合いにおもしろい医者がいるから1度会ってみないかと軽く誘ってみたらどうだ、と教えてくれました。

 なるほど、確かにその通りです。
 精神科に行かないとダメだとか、精神科で診てもらおう、などと言えば、父や親戚、両親の友人の反応から推測して、拒否されて当然なのかもしれません。
 それ以外にも、いくつか細かいアドバイスをもらい、緊急時の連絡方法も教えてもらいました。そして、一応2日後に診察予約をして、病院を後にしました。

 急いで実家へ戻ると、母の休んでいる部屋へ直行しました。そこには、疲れきった様子の兄が、母の横で母の手を押さえていました。
 私はすぐに、精神安定剤を飲ませようとしましたが、すごい力で抵抗します。
 仕方がないので、兄と父にも手伝ってもらい、半分強制的に飲ませました。

 兄にしばらく休んでもらい、私が母の様子を見ることにしました。
 母は、「私が悪いんだ、バカ、バカ・・・」と時たまつぶやきながら、信じられないような力で、自分の頭を殴りつけようとします。

 兄と父がすぐに押さえていたはずなので、心配ないでしょうが、こんな力でずっと頭を殴り続けたら、脳挫傷脳出血(脳内出血)を起こしてしまうでしょう。もしそうなってしまったら・・・
 うつ病というのは、本当に恐ろしい病気です。

 私は、母の手を押さえながら、母がどうしてこんなにまで追いつめられてしまったのか、考えました。母はきっと、いくつもの困難をすべて抱え込んでしまったのでしょう。そして、心のバランスを失ってしまったのです。
 しばらくすると、力が抜けてきました。そして、睡眠に入ったようでした。

 母は、その後2、3時間眠りましたが、目が覚めると、また「私が悪いんだ」とつぶやきました。危険を感じたので、すぐにもう一度、精神安定剤を飲ませました。今度は自傷行為もなく、静かに眠りについてくれました。
 あれだけの力を使い続けたのですから、相当に疲れているはずです。
 それに、昨日は親戚もいて、実際には眠れなかったのかもしれません。それなら、すぐに眠るはずです。

 私は、やっと、来客が負担になっていたのだと思いつきました。
 親戚とは言っても、やはり気を使うものです。それに、あれほどうつ病について無知で無関心な人たちばかりです。
 そういえば、親戚は酒好きの人が多いので、夕べも遅くまで飲んで騒いでいたのかもしれません。兄も同様です。
 そのせいで、母が夜中になって目が覚めてしまったのだと考えると、今日の異常なまでの行動が理解できます。

 もしかしたら、母に対して、誰かが激励したのかもしれません。
 一応は、親戚にも父にも兄にも、一通り注意しておいたのですが、それが理解できたかどうか怪しいものです。酔っていたとしたら、そんな注意は吹き飛んでしまいます。
 励ましや激励は、うつ病患者にとって強い心的負担となるため、禁物なのです

 母が眠っているあいだに、父や兄、親戚たちに、医師から聞いたことやうつ病に対する一般的な注意点などをわかりやすく説明しました。
 安静にしないといけないこと、入院が必要なこと、そして、母の前で絶対に感情的にならないこと、何かを頼まないこと、さらに励ましの言葉は絶対にかけないこと、などを話しました。

 親戚も兄も、今日は帰るということなので、私が今夜、しっかりと監視して様子を見ることにしました。

 長い長い1日でした。しかし、まだまだ気を抜くわけにはいきません。
 なんとか母に、精神科の診察を受けてもらわなければなりません。さらに、入院に同意してもらう必要があります。
 実際に入院にこぎ着けるまでは、安心などありえないのです。






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