How to overcome depression
ball 気分の変動と服薬拒否(発症6〜7日目)ball



ball 発症6日目
 この日は朝から、仕事にかかりきりでした。3日ほど休んでしまったので、かなりきつい作業をこなさなければなりませんでした。
 それでも、昨日の母の、精神科の受診が、私にとって、かなりの励みになりました。

 夜になって、やっと時間をとることができたので、父のところへ電話をしました。
 何かあったら、父から電話が来るはずです。それがなかったと言うことは、きっと、母の様子が落ち着いているのでしょう。

 思った通り、電話口に出た父は、うれしそうに母の様子を報告してくれました。
 母は、朝から調子が良く、ふつうに話せるようになったらしいのです。さらに、夕食の後には、一緒に食事の後かたづけをしてくれたそうです。
 父は、母と話して見ろ、と言って、電話を代わってくれました。

 私は母に、どんな感じだ、と聞きました。
 すると母は、ちょっとかすれ気味の声で、のどが渇く、と答えてくれました。ちょっとろれつがおかしいようですが、声のトーンは安定しています。
 私は、それは薬の副作用だから、気にしないで水分補給に気をつけてくれ、と伝えました。昨日、病院でもらった薬の説明書に書いてあったとおりの症状でした。
 さらに、よく眠ることと休むことが大切だ、とつけ加え、ちょっと雑談をしてから、父と電話を代わってもらいました。

 うつ病患者の場合、急性期(症状が重いとき)よりも、症状が治まって精神力が復活してきたときの方が、ずっと危険です。
 実際、うつ病患者の自殺は、元気になったとき(回復期)に多発しています。
 自殺には、かなりの精神力が必要だと言われています。その精神力が復活したときこそ、もっとも危険になるわけです。

 もちろん、母に見られたような無意識的で発作的な自傷行為で、死に至ることもあります。
 しかし、このような自傷行為は、動き回ることさえも難しい急性期の無意識的な行動なので、致死率もずっと低くなります。
 急性期には、家族やまわりの人も心配して、注意しているものです。

 ところが、元気になったときには、自由にどこへでも動き回ることができます。
 家族の方も、あれだけ元気なんだから、と油断しがちです。
 ここに落とし穴があるわけです。

 私は、何度も父に、そのことを話してありました。しかし、父がしっかりと理解できているかどうかは疑問です。
 せっかく喜んでいる父の気持ちに水を差すようで、あまりいい気分ではありませんでしたが、仕方のないことです。私は、もう一度、こういうときこそ危ないんだと、父に再認識してもらいました。

 その日は、私の兄が泊まりに来ていました。私は兄にもそのことを告げ、充分注意して欲しいと伝えました。
 以前にも話してあったので、兄もすぐに引き受けてくれました。
 母の調子もいいようですし、薬もきちんと飲んでいるということだったので、まずは安心なのですが、やはり注意を怠ることはできません。

ball 発症7日目
 朝早く、父から電話がありました。
 昨日とはうって変わって、母の様子がひどいらしいのです。
 しかも、食事もとらず、何度勧めても、薬を飲むことを拒否しているそうです。

 私は、また大きな危険を感じました。
 母のような強い症状をともなったうつ病(「大うつ病」という言い方もあります)の場合、薬を飲まなかったら、大変なことになります。
 私は電話口で、母を説得してみました。しかし、また昏迷状態のようになってしまっている母には、全然通じないようでした。父も途方に暮れているようです。
 薬を飲まない時間が長引けば長引くほど、危険は増していきます。もう決断するしかありません。

 私は実家に急ぎました。
 あの何とも恐ろしい自傷行為だけは、防がなければなりません。
 それにしても、昨日の電話口であれほど元気そうだった母が急変するなんて、信じられない思いでした。

 うつ病というのは、本当にやっかいな病気です。
 ちょっと良くなったと思っても、すぐに急転直下、急性期の症状が現れたりします。
 比較的症状が軽いうつ病の場合には、「日内変動」といって、午前中に強い症状が出て、午後に良くなる、と言うようなこともあります。

 要するに、気分の変動が激しいと言うことなのです。
 私の場合、そのような知識を持っていました。しかし、実際に母の気分の変動を目の当たりにすると、本当に驚きでした。

 実家に着くと、母は、苦痛に満ちた表情に戻ってしまっていました。
 私はいつものように、努めて明るく、平静さを忘れずに、説得を続けました。

 説得とは言っても、うつ病患者に対して、命令や強制をしてはいけません。
 そうでなくても、心が追いつめられているのですから、それ以上追いつめてしまえば、危険な状態に陥ってしまいます。
 まずは、どんな気持ちなのか、ゆっくりと聞き出すことが必要です。
 そのときも、問いただすようなことをしてはいけません。患者の心的負担とならないように、世間話をするような口調で、気持ちを聞き出すようにします。

 そうして、聞き出してみると、母の服薬拒否の原因は、どうやら副作用にあったようでした。
 私は母に対して、薬の重要さと安全性について、一通り説明しました。

 大脳生化学や神経生理学、脳科学のめざましい発展のおかげで、現代の精神医療で使われている薬物は、効果の面でも安全性の面でも、非常に優れたものとなっています。
 また、種類も非常に豊富で、それぞれの患者の症状に合わせた処方が可能になっています。そのことを母に伝えたわけです。

 そして、のどが渇いたり、少ししゃべりにくくなるのは、薬が効いている証拠とも言えるわけで、誰でも最初はそうなるものだと、話しました。
 さらに、どうしても副作用が気になるのなら、次の診察のときに医師と相談して、ほかの薬に換えてもらえばいい、とつけ足しました。

 母もその話を聞いて、少しは安心したのでしょうか。ちょっと不安げでしたが、やっと薬を飲んでくれました。
 この説得に、1時間以上もかかってしまいました。時計を見ると、もう10時をまわっていました。

 私はこの日、もう午前中の仕事は、あきらめようと思いました。
 私自身の精神力が使い果たされていて、仕事にならないと感じたからです。
 さらに、昼食後、母がきちんと薬を飲むかどうかも、心配でした。それも確認したいということもありました。

 薬が効いてきたのか、母は少しうつろな表情になっていました。
 のどが渇くと、何度か訴えたので、母が気に入っているミネラルウォーターを、そのたびに飲ませました。
 やはり、相当に強い薬のようでした。母が嫌うのも、無理はないのかもしれません。
 しかし、薬を勝手に止めることはできません。

 そこで思い出したのは、一昨日もらった薬のなかに、副作用がつらく感じた場合にだけ飲むように、と注意を受けた薬があることです。
 私はさっそく、その薬を飲んでもらうことにしました。

 朝食をとらなかったこともあるのでしょう。母は、少しですが昼食はとってくれました。
 ところが・・・
 母はまた、昼食後の薬を拒否したのです。

 うつ病患者の「服薬拒否」「拒薬」とも言います)は、そんなに珍しいものではありません。ただし、服薬拒否を続ける場合には、危険なため、入院治療が必要になります。
 私の母の場合、症状の重さから、入院は決まっています。しかし、本人の入院への同意やベッドの空きなどの関係から、まだしばらくは自宅療養をしなくてはなりません。
 そのあいだ、薬だけが頼りなのです。

 私はまた、同じように説得することになりました。ここでくじけたら、母の自殺という最悪の事態が、また近づいてきてしまいます。
 入院日は、まだ決まっていません。母が入院するまでは、決して気を抜くわけにはいかないのです。

 しかし、よほどのことがない限り、無理矢理薬を飲ませるようなことは、避けるべきです。
 特に、心の病気を持つ患者に対しては、気を配る必要があります。
 実際、措置入院を決めて、拘束衣(身動きをできなくする衣服です。自傷他害の危険性が極めて高いとき、患者に着せることがあります)を着せ、精神安定剤を注射した精神科医が、後で患者から訴えられる、というようなことも起きています。
 心の病気を持つ患者は、被害妄想に陥りやすいので、後に禍根を残すような強制的な行為は避けるべきなのです。

 昼食後の母の説得にも、結局1時間以上かかりました。
 母が薬を飲むのを確かめると、父に薬の大切さをもう一度しっかりと伝え、実家を後にしました。疲れきっていましたが、仕方なく、仕事に戻りました。
 いったいいつまでこんなことが続くのだろう、そう考えると、気が遠くなる思いでした。

 しかし、ことはそんなに簡単ではありませんでした。
 仕事を終え、帰宅した私を待ち受けていたのは、父からの電話でした。

 あれだけ説得したのだから、母は、今後はきちんと薬を飲んでくれるだろう、と淡い期待をしていたのですが、見事にその期待は裏切られました。
 母はまた、夕食後の薬を拒否しているというのです。
 今度ばかりは疲れきっていて、実家まで行けそうもありません。
 私は仕方なく、電話口で母を説得することになりました。

 今度は、父も無責任な態度をとらず、一緒に説得してくれました。いつものように怒鳴り散らすこともありませんでした。
 それでも、30分以上はかかったでしょうか。やっと母が薬を飲んでくれました。

 大変な1日でした。いったい明日はどうなるんだろう、そんな不安を抱きながら、疲れきった体をベッドへ横たえました。






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