How to overcome depression
ball 母が危篤!?「うつ病性昏迷」(発症5週目)ball



ball 発症29日目
 この日の夜、病院に行った父から、うれしそうな声で電話がかかってきました。
 「病理組織検査」で、母のリンパ球が正常だということがわかった、とのことでした。つまり、「悪性リンパ腫」の可能性がなくなったわけです。この知らせには、心底ホッとしました。
 さらに、明日、精神科の担当医から、検査結果の説明があるので同席して欲しい、との連絡でした。

 うつ病特有の精神的な苦痛は、身体にもいろいろな影響をおよぼします。なかでも、免疫機能への影響は深刻です。
 慢性の強いストレス状態にさらされ続けるため、リンパ球や白血球などの活性が弱まってしまうのです(ストレスと免疫機能の関係につきましては、当サイトのメインコンテンツの1つ 「サイストリー」第1章 3.ストレスの正体で、詳しく説明しています。ぜひご覧ください)。

 さらに、強いストレスは、皮膚組織にもダメージを与えます。そのため、病原菌に対するバリアとしての機能が低下してししまい、粘膜以外の通常の皮膚からも、感染が起こりやすくなってしまうのです。

 実際、精神科病棟では、インフルエンザなどの感染症に、かなり神経を使っています。入院患者は、免疫機能の低下のせいで、感染しやすくなっていますし、一度感染すると、重篤化しやすいからです。

 私の母も、入院前のうつ状態のせいで、肺門リンパ節に炎症が起きてしまったのでしょう。さらには、急性期の重い症状のため、免疫機能のバランスが大きく崩れ、悪性リンパ腫と同じような状態になってしまったのだと思われます。
 もし母が入院治療を受けなかったら、本当に悪性リンパ腫などの免疫系の病気にかかってしまったかもしれません。
 うつ病は、こういう意味でも、恐ろしい病気だと言えます。

ball 発症30日目
 午後2時頃病院に着くと、精神科病棟のいつもの面談室で、担当医から、精神科や脳外科に関する検査結果が伝えられました。やはり、脳の器質的な異常はないとのことでした。
 脳のCT画像も見せてもらいましたが、とてもきれいな状態でした。アルツハイマー病などの脳変性疾患、脳梗塞や脳血栓などの脳血管障害の疑いは、完全になくなりました。
 つまり、この段階で、「うつ病」だと確定診断されたわけです。
 そして担当医からは、しばらく入院を続け様子を見る、と説明がありました。

 担当医の説明は、母の症状から考えても、予想されたとおりのものでした。しかし、発症から1ヶ月、入院から半月が過ぎても、母の容態は、ほとんど変わりません。
 うつ病は、短期間で治る病気ではありません。しかし、そうはわかっていても、やはり入院治療を受けている以上、少しは症状の改善が見られてもいいのに、と感じてしまいます。家族としては、とても歯がゆいところです。

 担当医と別れてから、看護婦に許可をもらって、父と一緒に母の病室へ行きました。熱が下がったせいか、苦痛に満ちた表情は、少し和らいだようでした。しかし、相変わらず、にこりともしません。まさに「仮面様相貌」のままでした。

 病室をあとにして、その日は、父と実家に戻りました。母が行っていた雑事を片づけるためでした。
 父は、実家で一緒に作業をしながら、母の様子について、いろいろと話してくれました。毎日欠かさず母と会っていても、病状にあまり変化がないとのことでした。「本当に入院してよかったのかなあ」と何度もつぶやいていました。

 悪性リンパ腫の可能性がなくなったことは、とてもうれしいことです。しかし、父にとっては、以前のような元気な母の姿を、少しでも早く見たいのでしょう。

 このへんは、家族がうつ病になってしまった場合、誰でも感じることだと思います。私自身も同じです。
 しかし、のんびりと気長に待つ、と納得することが、病人のためでもあり、家族自身の精神的な疲労を防ぐことにもつながるわけです。

 うつ病患者の家族は、あせればあせるほど、自分自身も「うつ状態」になってきます。
 「うつ病は感染する」ということは、人間の心理構造を深く理解していれば、そんなに不思議なことではありません。実際、私も父も、大きな精神的ショックを受け、ずいぶん苦しみました。ハッキリ言って、「うつ状態」でした。

 この日は父に、あまり考え込まずにのんびりと気長に待とう、母の治療は担当医に任せよう、そんな話をして、実家をあとにしました。

ball 発症31日目
 この日の午後、仕事で母の入院している病院の近くまで外出しました。
 ちょっと面倒な用件を片づけると、夕方になっていました。せっかく病院の近くまで来たのだから面会していこうか、という思いがかすめました。そこから母の病院までは、歩いて10分程度の距離です。
 しかし、戻って終わらせなければいけない仕事が残っています。

 どうしようかな、とちょっと考えたときでした。何かよくわからない不安に襲われたのです。悪い予感、と言った方が正確かもしれません。
 もしかしたら母の身に何か起きたのだろうか、そんなふうにも感じました。

 しかし、すぐにそんなことはない、と思い直しました。
 母とは昨日会ったばかりです。しかも、担当医から「うつ病」だとの確定診断を受け、脳にも異常がないことがわかっています。内科的な面でも、心配するような病気はありません。

 母の入院している病院は、大きな総合病院です。新築されたばかりで、最新の医療機器も、すべてそろっています。医師のレベルも非常に高いと評判です。
 たとえどんなことが起きても、最善の処置がなされるでしょう。
 つまり母は、もっとも安全な場所にいるわけです。
 私は、不安を振り払って、仕事場へ戻ることにしました。

 仕事場に戻ると、さっそく仕事に集中しました。先ほどの不安は、すっかり消え失せていました。
 しかし、10分もしないうちに、父から電話がありました。
 父は開口一番、「大変だ、すぐに病院へ来てくれ」を繰り返しました。声がうわずっていて、相当にあわてている様子です。

 不安が頭をよぎりました。でも、状況がハッキリとしません。父は時々オーバーな話し方をするので、ちょっと疑ってもいました。
 私は父に、ゆっくりと問いただしました。

 すると父は、「母が大変だ、医者が何人も病室を出たり入ったりして、大騒ぎしている、とにかく来てくれ」と、たたみかけるように話し出しました。
 私は、母にいったいなにが起こったのだろう、私が緊急で行かなければならないことなのだろうか、とちょっと悩みました。母は、もっとも安全なところにいるのですし、たまっている仕事とのかねあいもあります。

 私は父に、担当医はどう言っているのか、まずはそれを聞くことにしました。医師の話が、一番頼りになるからです。
 父の答えは、頼りないものでした。担当医は、直接なにも話してはくれなかったようでした。
 私は父に、「ちゃんと担当医に話を聞いてみてくれ」と話して電話を切りました。

 仕事を続けながら、頭の隅で考えました。今の母に緊急事態が起こるはずはない、父の思い過ごしだろう、きっと今頃は、父も担当医の話を聞いて、安心しているに違いない、と。

 3分ほど経った頃でしょうか。父から、また電話がかかってきました。今度は、しっかりとした口調でした。
 そして、父の口から出た言葉は、私の理性を吹き飛ばしてしまいました。なんと担当医は、「すぐに家族に来てもらいなさい、一刻を争う状況だ」と話したというのです。
 父の話から察するに、人工呼吸装置生体情報監視装置までつけられているようでした。

 私は、あわてふためきました。母が危篤!?
 いったいなにがどうなってしまったのでしょう?
 私はすぐに仕事場を出て、病院へ向かいました。ちょうど夕食前の混雑時です。渋滞が予想できるため、タクシーは使えません。一番安全で確実な電車で病院へ急ぐことにしました。

 病院までの1時間足らずのあいだ、私は自分自身を責め続けました。
 どうしてあのとき、病院へ寄らなかったのだろう。あんなに病院の近くにいたのに。しかも、悪い予感までしたというのに。

 間に合うだろうか・・・まだ生きててくれるだろうか・・・今、病院のどこに?・・・ICU(集中治療室)?・・・それとも・・・
 私が病院に着いたとき、どこに走り込めばいいのだろう・・・母のいる場所は?・・・まさか・・・霊安室!?・・・

 そんな絶望的な思考とともに、冷静な思考も同時に働いていました。
 人工呼吸装置や生体情報監視装置までつけられているとしたら、いったいどんな病気なんだろう?・・・
 母は、悪性ではありませんが、不整脈がありました。
 もしかしたら狭心症?・・・心筋梗塞?・・・

 母は、うつ病急性期の強烈なストレスに、長いあいださらされ続けていました。
 また、悪性リンパ腫と間違えられた、肺門リンパ節の感染症にも長期間かかっていました。これもストレス同様、免疫系にダメージを与えます。
 免疫系へダメージを受けると、血栓ができやすくなります。血栓は、狭心症や心筋梗塞などの「虚血性心疾患」の主な原因です。母のように不整脈がある場合、危険度は大きくなります。

 ただし、重度の心筋梗塞でも起こさない限り、すぐに家族を呼び寄せる、といった危篤状態にはならないはずです。
 母の入院している病院には、一般的なICUだけでなく、虚血性心疾患専用のCCU(冠疾患集中治療室)もありました。

 となると、やはり考えられるのは、脳出血脳梗塞などの「脳血管障害」です。
 母の脳のCT画像を見る限り、危険な兆候はないようでしたが、くも膜下出血などの脳出血も、脳血栓脳塞栓などの脳梗塞も、いつ起こるかわからない病気です。原因不明のことも多く、母のように高血圧の場合には、危険度が大きくなります。免疫系へのダメージから、血栓もできやすくなっています。

 でも、もしかしたら・・・
 そのときの私には、「たったひとつの希望」がありました。もしそうなら母は・・・

 いくつもの思考が入り乱れていました。それでも、極度の緊急事態のときには、いろいろと思考を働かせている方が、かえって行動しやすいものです。

 病院に着くと、どこに行っていいのかわからないので、とにかく精神科病棟に急ぎました。もし母が脳血管障害だったとしたら、生きていても、もう話はできないかもしれません。
 あのような強烈な苦痛のなかで生き続けるより、意識がないまま亡くなった方が母のためなのかもしれない、そんなことまで考えました。

 そうして精神科病棟に着くと、入り口で父が待っていました。
 父の困ったような、それでいてホッとしたような様子を見て、私はすぐに悟りました。
 どうやら、「たったひとつの希望」がかなえられたようでした。

 私は父に、ゆっくりと母の様子を聞きました。
 父は、「なんだかわからないけど、なんでもないんだって。担当医からおまえに説明があるってさ。ナース・ステーションから電話してくれって言ってたぞ」と答えてくれました。

 母の様子を見るまでもありません。私は、ナースステーションに直行しました。
 そこにいた看護婦は、指示を受けていたのでしょう。私の姿を見ると、すぐに電話をつないでくれました。

 担当医は、やはり父と同じように少し困ったような調子で説明してくれました。母は、「うつ病性昏迷」のひどい状態だったということでした。
 担当医は「知っているかな?」と聞いてきたので、「だいたいわかってます」と答えました。もうこれ以上聞く必要はありません。担当医も、説明の必要がないので、「そういうことだから」と言って電話を切りました。

 「うつ病性昏迷」というのは、自発的な運動がまったくなくなり、話しかけられても、体を揺すられても、反応しなくなってしまう状態です。うつ状態の「精神運動制止」(意欲の低下や運動・思考が不活発になること)が、もっともひどく現れたものだと考えればわかりやすいと思います。
 つまり、意識のない「植物症状態」になってしまうわけです。

 母の場合、直前までふつうに反応していたのに、突然目を開いたまま意識を失ってしまったようでした。そのため、母の異常に気づいた看護婦が医師に連絡して、大騒ぎになったものと思われます。

 こんな場合、まずは、もっとも重篤な脳深部の脳出血や脳梗塞、心筋梗塞などを疑わなければなりません。
 そのため、人工呼吸装置の装着、緊急の脳のCT撮影、生体情報監視装置による心電図や脈拍、血圧、体温などの検査・管理が必要となります。

 父は、洗濯物の交換などのため、毎日病院へ顔を出していました。
 今日も、いつもと同じように病室に入ろうとして、そのような状況に出くわしたようでした。だから、ひどくあわててしまったのでしょう。
 担当医も、父が聞いた時点では、危険な状態だと判断したのでしょう。そのため、すぐに家族を呼びなさい、と話したのだと思います。
 そして、ひととおりの検査が終わり、心臓にも脳にも異常がないことがわかったのでしょう。

 病室へ行くと、母がぐっすりと眠っている様子がわかりました。寝息も静かで、比較的おだやかな表情のように見えました。
 「うつ病性昏迷」は、もっとも重い症状で、もっとも死に近い状態だと言ってもいいでしょう。そこから母は、生き返ったのです。
 母はもうこれ以上は悪くはならない、そう自分に言い聞かせながら、病院をあとにしました。

ball 発症32〜35日目
 母は、意識も戻り、話ができるようになりましたが、まだまだ昏迷に近いような状態でした。
 自分から話しかけてくることはありませんし、自発的に動くこともありません。それでも何かを聞くと、的確な答えが返ってきました。
 今はゆっくりと休む、このことが一番大切なのでしょう。






トップへ


前のページへ
次のページへ


著作権は、すべて著者にあります。無断転載・無断コピー等は、堅く禁止させていただきます。
Copyright (C) 2001-2014 Yuki Tachibana All Rights Reserved

produced byYuki Tachibana