How to overcome depression
ball やっとうつ病治療に専念(発症6週目)ball



ball 発症36日目
 この日、面会に行くと、母の表情が少しゆるんだように感じました。
 「うつ病性昏迷」という、もっとも重い症状まで行ってしまったのですから、あとは回復していくはずです。

 よく考えてみると、やはり、過密な検査スケジュールのせいで、相当に疲れてしまったのでしょう。そうした疲れが、「うつ病性昏迷」の一因になっているようにも感じました。
 いくら必要とはいっても、広い病院内をあちらこちらへ移動して、たくさんの検査を受け続るということは、うつ病患者にとって、とても大変なことなのです。

 それでも、脳外科的な検査や内科的な検査と治療は、先週で一段落しました。
 あとは、のんびりと休みながら、「うつ病治療」に専念できるはずです。
 実際、この日の母は、ただただなにもしないで、じっと寝ているだけでした。

 このような状態こそ、「うつ病」という病気の治療には、もっとも適しているのに違いありません。

ball 発症37〜41日目
 この5日間、母は、ゆっくりと病室で休み続けました。
 カウンセリングなども、特に行われませんでした。
 担当医や部下の若い医師、看護婦は、ことあるごとに声をかけ、話をし、母の心がゆっくりと快方へ向かうように、気を配ってくれていました。

 医師や看護婦と患者の、日常的なコミュニケーションは、どこの病棟でも大切なことには違いありません。
 しかし、精神科病棟では、もう少し違った意味あいが含まれてきます。
 医師や看護婦が「精神療法」(心理療法と同義ですが、精神科病棟で行われる場合、このように呼ばれる傾向があります)のひとつだと認識し、非常に細やかな対応を心がけているからです。

 母は、1人の看護婦が、とても気に入ったようでした。
 私も父も、その看護婦を信頼していて、いろいろな相談をしました。看護婦でありながらも、「精神療法」をよく勉強しているとのことでした。
 患者に対して気軽に話しかけたり、話を聞いたりして、堅く閉ざされがちな患者の心を開いていく態度が、とても印象的でした。

 「うつ病患者」がどんどん増えてきて、都市部では、重症でないかぎり、入院治療を受けることが難しくなってきているようです。
 そんな状況のなかで、医師から入院治療を勧められたのなら、素直にしたがった方がいいと思います。患者にとって、とても理想的な治療環境です

 もうだいぶ前になりますが、一部の精神病院での不祥事について、マスコミ各社が集中的に報道したことがありました。内容は、入院患者に対する暴力、非人間的な扱い、質素すぎる病院食、保険料の不正請求などだったと思います。
 そのときの報道が、あまりにもセンセーショナルだったため、多くの人が精神医療全般に対する不信感を持ってしまいました。

 確かに、歴史的に見れば、日本の精神医療に、まったく問題がなかった、というわけではありません。
 今から考えると、とんでもなく非人道的で、たいした効果が期待できないような治療方法が、長いあいだ実際に行われていたのです。

 しかし現在は、誰でも安心して治療を受けられる水準にまで達している、と考えていいと思います。
 効果がハッキリとしていて、副作用の少ない新薬も、どんどん開発されています。
 もし、少しでも必要だと感じたら、利用することをおすすめします。

ball 発症42日目
 この日、母が行っていた書類上の手続きの確認のため、父と病院で待ち合わせました。
 母にも、いくつか聞かなければならないことがありました。

 先週の騒ぎのあとは、母の様子に、大きな変化はありませんでした。
 じっとベッドに寝そべって、ゆったりとした時間を過ごしているようでした。苦痛の表情は、少しずつですが、和らいできているように感じました。
 お気に入りの看護婦が病室にいるときには、自発的ではないにしても、いろいろな話をしていました。

 私も、いくつか確認しなければならないことを、母に聞きました。
 母は、無表情でしたが、きちんとした答えをしてくれました。さらに、あの件はどうなったとか、私がきちんと終わらせられるか、など、いろいろな面で心配をしていました。

 「うつ病」にかかる人というのは、自分自身が苦痛のなかにいても、意識がハッキリしてくると、このように心配してしまうものなのでしょう。
 私はひとつひとつ、きちんとうまくいっている、と伝えました。
 本当は、少し困っていることもあったのですが、そんなことは言えません。私自身がなんとか解決していかなければならないでしょう。

 「うつ病」にかかる人は、ひとりで問題を抱え込みすぎている、と考えることもできます。
 こんな場合、家族がその人の問題を少しずつでも分担することが必要です。
 ある家族環境が原因となってうつ病を発症した場合、その家族環境を変え、その人の負担を減らさなければ、再発の危険性が高くなってしまうからです。

 もし、発症前の仕事環境が「うつ病」の原因だと考えられる場合には、仕事環境を変える方が理想的です。
 少なくとも、仕事仲間や上司が「うつ病」について理解して、その人の負担を減らすことが大切なのです。

 父と病室の外の通路にあるベンチに腰かけ、母に聞いたことをチェックしていたときでした。突然父が立ち上がりました。
 父の視線を追っていくと、そこには、父と同年代の人が立っていました。パジャマを着ていたことから、患者だとわかりました。

 父と懐かしそうにあいさつを交わして、昔話に花を咲かせています。
 その人は、「うつ病」特有の表情をしていましたが、久しぶりの再会だったのでしょう。うれしそうな雰囲気が伝わってきました。

 後ろには、看護婦が待っていました。昔話が一段落つくと、その人は看護婦に連れられて、カギのかかる閉鎖病棟の方へ消えていきました。

 父は、そのあと、しみじみと話してくれました。
 その人とは、12年ぶりの再会で、昔、同じ職場にいた同僚とのことでした。
 「まさか、この病院に入院しているとは。今まで全然気づかなかった」、と父は言いました。
 同じ精神科病棟とはいえ、閉鎖病棟だったため、気づかなかったのでしょう。

 その人は、離婚問題がきっかけとなって、「うつ病」になってしまったようでした。発症後3ヶ月ほど入院して職場復帰したそうですが、再発を繰り返し、とうとう仕事を辞めてしまったとのことでした。

 発症してから12年後の今も入院、しかも閉鎖病棟というのは、どれだけ重い「うつ病」なのでしょう。
 父も、言葉に出しませんでしたが、きっと母のことを考えていたのでしょう。なんとも暗い雰囲気になってしまいました。

 このように、長期間にわたって治らずに再発を繰り返す「うつ病」を、特に「難治性うつ病」と言います。
 さまざまな投薬や精神療法も、なかなか効果を現しません。さらに、せっかく効果が出たと思っても、すぐにもとのうつ状態に戻ってしまうのです。

 「うつ病」について説明している一般向けの書物やホームページには、「うつ病は必ず治る」とか、「うつ病は心の風邪。誰でもかかるが、治療をすれば必ず良くなる」といった表現が多く見られます。

 自分自身や家族が「うつ病」かもしれないと感じている人に、悲観的な印象を与えないため、または気軽に治療を受けてもらうためには、とても優れた表現です。
 しかし、実際には、3分の1程度の患者は、薬物療法の効果がなかなか出なかったり、再発を繰り返すということも事実なのです。

 「難治性うつ病」とは反対に、1〜3ヶ月程度の服薬と療養で、あっさりと治ってしまう「うつ病」もあります。これは、特に「軽症うつ病」と呼ばれます。
 しかし、注意をしなければならないのは、「軽症うつ病」であっても、急性期の症状は同じですし、自殺の危険性も変わらないことでしょう。
 つまり、「軽症」と言うのは、あくまで病期の長さのことであって、決して症状が軽いというわけではないのです。

 母の「うつ病」は、いったいどの程度のものなのでしょう。
 いったい、いつになったら良くなるのでしょう。
 もしかしたら、「難治性うつ病」なのでしょうか。それとも、「軽症うつ病」のように、短期間で良くなるのでしょうか。
 父と昔の同僚との再会で、しみじみと考えさせられました。






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