How to overcome depression
ball 17.うつ病から新しい人生の創造へ(発症3年目以降)ball



ball 発症3年目
 母がうつ病を発症して、とうとう3年目となりました。
 しかし、発症前の元気な母には、戻れませんでした。これはもう仕方のないことなのかもしれません。

 発症当初は、急性期の激しい症状が続きました。自責の念自傷行為自殺念慮、さらには、うつ病性昏迷。本当に大変な状況でした。
 そのときのことを考えれば、今の母は、とても安定しています。いつでもにこやかで、のんびりとしています。面倒なことは、あえて自分で処理しようとはせず、すぐに父に任せます。

 これでいいのかもしれません。
 ときどきは、心配そうな顔で、父や私、兄弟たちに、いろいろなことを確かめますが、きちんと話せば、ちゃんと納得してくれます。そして、すぐに笑顔を見せてくれます。

 まだ1人では、買い物に行けません。というより、行こうとしません。なにかが欲しいとか、なにが必要かとか、ほとんど気にならないようです。
 それでも、私や兄弟の子供、孫たちには、いろいろと気を使います。誕生日もクリスマスも忘れません。入学や進学のときも、きちんとお祝いを用意します。

 自分のことは考えず、ほかの家族に対しては、いろいろと気を使います。このような性格が、うつ病という病気との接点になっているのでしょう。

 父と一緒に、買い物や散歩に出かけるようになりました。
 庭の木や花の手入れもするようになりました。
 失敗はするのですが、ときどき簡単な料理も作るようになりました。
 まだまだきれいには書けませんが、簡単なメモや住所録の整理くらいはできるようになりました。

 発症前の母は、思い立つと、すぐにいろいろなところに出かけたり、買い物をしたりと、とても活発でした。人と話すことも大好きで、親戚や友人、近所の人など、たくさんの人が訪れてきました。毎日、何人かの人と電話をしていました。

 そんな母には、もう戻れないのかもしれません。でも、生活の面で、そんなに困るわけではありません。かえって今の方が、ゆったりと落ち着いていて、年相応の生活になっているのかもしれません。
 以前の母は、きっと忙しすぎたのでしょう。ときどきと疲れきって、寝込むことも多かったのですから。

 一度父が、忙しいことが重なって、倒れたことがありました。もちろん、母の看病疲れもあったのでしょう。
 そのときは母も、炊事や洗濯をしていました。以前のように速くはできなくても、多少の失敗はあっても、一通りのことはできたのです。
 ただ、父が元気を取り戻してからは、また父に頼るようになりましたが。

 母のうつ病の発症前とは、夫婦の立場が逆転しています。でも、2人で仲良く生活していくことができるのですから、それはそれでいいのでしょう。

 気持ちよく晴れ渡った秋の日、両親と私、それに私の妻と子供たちでバスに乗って、大きなお祭りに出かけました。3時間ほどのあいだでしたが、母はずっとにこやかで、お祭りを楽しんでいるようでした。
 さすがに、久しぶりの長時間の外出で疲れたのか、父と母はタクシーに乗って帰りましたが、このようなことまでも、できるようになったのです。

 また、買い物ではありませんが、近所の美容院なら、1人で行って帰ってくることができるようになりました。

ball 最近の状況
 母は、相変わらず、1人で買い物に行く気にはならないようです。
 でも、あることに気がつきました。父は、すべての買い物を引き受けていますが、けっこう楽しそうに出かけます。きっと、母に買い物をさせるよりも、自分で買い物に行きたいと思っているのでしょう。

 母が1人で買い物をするとなると、父にとって、いろいろな心配もあるのでしょう
 母への心配や父自身の楽しみ、そんなことから、父は母に買い物をさせないのかもしれません。でも、2人でうまく生活しているのですから、母が買い物に行かないことは、気にしなくていいのでしょう。

 母は、家の中や庭では、けっこう動き回っています。発症前と比べると、歩調は遅いですが、困るほどではありません。
 ふとんで休んでいる時間も、本当に少しずつですが、少なくなっているようです。

 母の様子を知っていて、気を使っているのでしょう。親戚も両親の友人も、近所の人も、そんなに来なくなりました。母は、本当にゆったりとした時間を過ごしています。
 今の状態が、母にとっての「新しい人生」なのだと考えると、発症前の忙しい人生よりも、幸せなのかもしれません。

 近年、うつ病に苦しむ人が増えてきているようです。
 そんな世の中で、私自身が感じることは、うつ病患者本人も、家族も、まわりの人も、発症前の生活に戻ることばかり考えすぎている、ということです。

 うつ病を発症するということは、それまでの人生のなかに、無理や矛盾があったと考えることができます。その無理や矛盾が蓄積されていって、あるとき突然発症してしまったのでしょう。

 うつ病を発症してしまった人とその家族、そしてまわりの人たちは、発症前の生活そのもののなかにうつ病の原因があった、と気づくことが大切だと思います。

 もちろん、うつ病になってしまった場合には、まずは適切な治療です。
 しかし、ある程度落ち着いてきたら、元の生活に戻ることばかり考えずに、患者にとって無理や矛盾のない「新しい人生」を考えることが、とても大切なことだと思います。
 少し良くなったからといって、すぐに元の生活に戻ってしまえば、再発の危険性がとても大きくなってしまうのです。

 有名な精神科医アンリ・エランベルジェ(英語読みでは、エレンベルガー)は、主著『無意識の発見』のなかで、「創造の病」について説明しています。
 これは、さまざまな学問や芸術、哲学などの創始者の人生を分析した結果、多くの例で、抑うつ状態や神経症、心身症、ときには精神病などの経験をしている、ということから名づけられました。
 彼らは、このような経験を通して、自己を見つめ直し、深い洞察にいたり、新しい世界を作り上げていったと考えられるわけです。だからこそ、「創造の病」というわけです。

 ユング派(心理療法の流儀のひとつ)のなかには、重いうつ状態や神経症、心身症、まれには精神病などで苦しんでいる状態を、「スピリチュアル・エマージェンス」(魂の危機)と呼ぶ人たちがいます。
 彼らは、「スピリチュアル・エマージェンス」に陥ってしまったとき、それまでの人生を見直し、「新しい人生を創造する」という方向へ意識が向くと、自然と治癒へ向かう、と考えています。

 要するに、「創造の病」や「スピリチュアル・エマージェンス」は、深い無意識の世界からの「新しい人生の創造の時期が来た」というメッセージだととらえることができる、ということです。

 私の母のうつ病は、それまでのあまりにも忙しい人生から、現在のようなゆったりとした人生への転換期としての、スピリチュアル・エマージェンスだったのでしょう。

 さて、ここで、「家族のうつ病との闘病記」は、一度筆を置くことにします。
 今後は、うつ病に関する一般的な情報、Q&Aなどのコンテンツを追加していく予定です。

 最後まで読んでいただいたみなさん、本当にありがとうございました。






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