How to overcome depression
ball 認知療法と認知のゆがみ・自動思考・スキーマ ball



 精神療法のなかに、「認知療法」と呼ばれる治療法があります(その他の「精神療法」につきましては、「精神療法1 精神療法の種類と一般精神療法・簡易精神療法」のページをご参照ください)。
 1970年、アメリカの精神科医であるアーロン・ベックが、主にうつ病治療のために考案した治療法です。

 「認知療法」では、特に重要な概念として、「認知のゆがみ」「自動思考」「スキーマ」というものがあります。
 うつ病患者が多くなってきたせいもあるのでしょう。また、自殺者が増え続けていて、なんとかしなくてはならない、ということもあるのでしょう。最近は、テレビや新聞などのマスメディア、書籍やホームページなどで、いろいろと紹介されています。

 しかし、これらの数多くの情報に接していても、「認知のゆがみ」、「自動思考」、「スキーマ」という概念、なかなかうまく雰囲気がつかめない、という方はけっこう多いのではないかと思います。
 このページでは、「認知療法」という枠組みにとらわれず、違った視点からの考察も交えて、わかりやすく説明していこうと思います。

ball 認知とは
 まず、「認知」ですが、「認知」というのは、その人が物事をどうとらえていくか、そのとらえ方のことを指します。その意味で、五感を通した「知覚」も「認知」に含まれます。
 「知覚」は何かを感じることですが、その感じ方は、どの人もまったく同じ、というわけではありません。
 たとえば、同じ風景を同じように見ていても、感じ方は人それぞれです。つまり、外界からの同じ刺激に対しても、知覚のされ方は、それぞれの人の経験すべてが影響している、というわけです。

 「認知」というのは、「知覚」に加えて、思考や感情の動きなど、より広い精神活動も含まれます。よく「〜を意識する」、「〜だと思う」、「〜は怖い」などの言葉が使われますが、それも「認知」の一つです。

 このように、「認知」という言葉は、かなり広い意味を持っています。「認知」という現象を包括的に研究する学問が「認知科学」で、心理学や脳科学、情報理論など、脳や心に関する研究のすべてが含まれています。

ball 認知療法の始まり
 さて、認知療法は、どのような経緯で生まれたか、まずその始まりについてお話ししましょう。
 認知療法の創設者アーロン・ベックは、最初は「精神分析」について研究していました。
 しかし、うつ病患者と接しているうちに、あることに気づきます。それは、うつ病患者の物事のとらえ方(認知)がふつうの人とは違う、ということです。

 たとえば、誰にでも経験があるような小さな失敗を、大げさに考えて、ずっと引きずって悩み続けたりします。また、その小さな失敗によって、ほかのすべてのこともダメになってしまう、などと考えたりします。
 物事がうまくいっても、仕事で成功しても、喜ぶことができません。きっとすぐに悪いことが起きるとか、これはまぐれで本当の自分ではない、などと感じてしまいます。

 このようなうつ病患者特有の認知の仕方を、「認知のゆがみ」と呼びます。代表的なものは、下記の表の通りです。

ball 代表的な「認知のゆがみ」
二分割思考、両極端な思考・・・・うまくいったか全然ダメかどちらかしか認めない
過度の一般化・・・少しでも不幸なことがあると、すべて不幸だと感じる
破局形成・・・・いつも最悪の事態を考えていて、自分に起きやすいと感じる
マイナス化思考・・良いことがあってもまぐれにすぎない、という否定的思考
否定的予測・・・・ささいなことからいつも否定的な予測が浮かぶ
自己関連づけ・・・自分はいつも誰かから注目されている(特に悪い行い)
過度の責任性・・・周囲の悪いことは、全部自分に責任がある
すべき思考・・・・理由もなく、人は絶対に〜すべきだと確信している
選択的抽出・・・あることにだけ強くとらわれる
低い自己評価・・・自分は何をやってもまともにできない、ほかの人より劣っている
拡大視・縮小視・・・あることを極端に大きく考えたり、逆にささいなことだと感じたりする
 これらの「認知のゆがみ」は、うつ病の症状でもあり、うつ状態がひどくなると、より強く表れる傾向があります。

 たとえば、愛する人を失う(「対象喪失」とも言います)、仕事が極端に忙しい、受験の失敗などは、大きなストレスとなります。このような大きなストレスにさらされたとき、「認知のゆがみ」が出てきやすくなります。
 「認知のゆがみ」は、新たなストレス要因を作り出したり、長引かせたりします。そうして、ストレスの総量がその人の許容量を超えたとき、脳の機能低下が起きて、思考力や精神力がなくなり、うつ病が発生すると考えられます。

 脳の機能低下が起きる前に、身体の病気となって現れることも、もちろんあります。
 ストレスの影響を受けやすい「免疫機能」や「自律神経」、「血管」などに障害が起き、感染症、狭心症や心筋梗塞、胃潰瘍や十二指腸潰瘍、脳梗塞や脳出血など、実にさまざまな病気が起こります。
 そして、このような身体の病気による「身体的・精神的ストレス」も、うつ病の原因となることがあります(うつ病とストレスの関係につきましては、「うつ状態(抑うつ)の原因とストレス」のページもご参照ください)。

ball 「スキーマ」とは
 さて、うつ病の症状としての「認知のゆがみ」は、一体どこから生まれてくるのでしょう。実はこの答えが、「スキーマ」と呼ばれるものです。
 「スキーマ」は、もともと「記号論」という学問で使われていた用語で、「因果的、または時間的な関連を持つ一連の出来事のまとまり」というような意味を持ちます。
 認知療法以外では、たとえばコンピュータのプログラム記述で、「構造を持つ一連のデータ定義のまとまり」のことを「スキーマ」と呼びます。

 認知療法についての解説を読むと、「絶対的な信条」だとか「固定観念」、「心を規定する規範」のような説明がされています。
 要するに、外的または内的刺激に対して、心がどのように反応するかを決定する無意識的な「心の構造」または「こころの仕組み」だと考えれば、わかりやすいでしょう。

 「スキーマ」は、その人の生育歴や生活史のなかの、さまざまな経験から形作られていきます。しかし、その大部分は無意識化されていて、どんなものなのか簡単には意識できません。
 特に、うつ状態の時に「認知のゆがみ」として現れるような「スキーマ」は、以前つらく苦しい体験をしたときに、無意識的にできあがったものです。それがどのようなものなのか、意識するのは困難です。

 この「スキーマ」に関して、別の観点から説明することもできます。
 たとえば、当サイトのコンテンツの一つ「サイストリー」で説明している「大脳辺縁系の記憶」というのは、「認知のゆがみ」と結びつく「スキーマ」のことを表しています。
 「サイストリー」は、「精神分析理論」を「現代脳科学」の知見で再解釈したものですが、「認知療法」も、「精神分析理論」を元にしてできあがっているわけです。

 「精神分析療法」と「認知療法」、一見すると、まったく違うものと受け取られがちですが、「心の構造」や「心の仕組み」の解釈方法は同じだと考えていいでしょう。「認知療法」の創設者であるアーロン・ベックは、「精神分析」の研究をしていたのですから、当然といえば当然ですね。

 さらに、ユングの言う「コンプレックス」と認知療法の「スキーマ」も、同じ意味だと考えていいでしょう(ユングの「コンプレックス」につきましては、きまぐれコラムの「劣等感とコンプレックスの違いって?」をご参照ください)。

 「スキーマ」には、さまざまなものがあります。その人の思考や行動を規定している「心の構造」ですから、すべてが悪いもの、と言うわけではありません。
 社会的規範として、多くの人と共有している、ある意味好ましいとも言える「スキーマ」もあります。
 ただし、それぞれの文化の影響を受けるわけですから、時代や国家、民族が違えば、「認知のゆがみ」のもととなる「スキーマ」になることもあります。

ball 「自動思考」とは
 無意識化されて、なかなか意識できない「スキーマ」ですが、どのようなものなのか、自分の心の動きをよく観察することで、その片鱗をかいま見ることができます。それが「自動思考」です。
 「自動思考」とは、簡単に言ってしまえば、「勝手に浮かんでくる思考」のことです。

 たとえば、初めて会った人に対して、「この人は悪い人に違いない」という考えが浮かんできたとしましょう。初めて会った人なので、相手がどんな人なのか、わかるはずはありません。でも、なぜかそう考えてしまい、身構えたり、緊張したりします。
 このように、理由もなく勝手に浮かんでくる思考が、「自動思考」です。

 もうひとつ例を挙げましょう。
 真夏の青空のもと、多くの人が海に山に行楽を楽しむ、うきうきするような日に、家族と行楽地に出かけたとしましょう。一緒に来ている家族は、誰もが楽しげです。自分自身も、家族の楽しげな姿を見て、なんとなくうれしい気分です。
 ところが、ふとした瞬間、この場にふさわしくない思考が浮かんできます。「こんなことをしていてはいけない、ほかにしなくてはいけないことがあるはずだ、このまま楽しんでいると悪いことが起こる」というような思考が「自動思考」です。

 この人の場合、生育歴のなかで、「遊んだり楽しんだりすることは悪いことだ。つらくても、一生懸命ほかの人のために働き続けなくてはならない」という「スキーマ」ができてしまったと考えられます。その「スキーマ」から先ほどのような「自動思考」が出てきているわけですね。

ball うつ状態のときに出てくる「認知のゆがみ」と「スキーマ」
 この人が、強いストレスにさらされ続けてうつ状態に陥ると、脳の機能が低下して、それまで無意識のなかに隠れていた「スキーマ」が表面に出てきます。
 それが「どんなに苦しくても、休まずに仕事を続けるべきだ」というような「認知のゆがみ」となるわけです。

 脳の機能の低下というのは、精神分析で言う「自我」の弱体化、言いかえれば、意識の主体としての自分自身の存在が希薄化すること、ととらえることもできます。
 具体的には、精神力の減退自信喪失無力感思考や行動の抑制(制止)などの症状のことです。

 うつ状態によって「自我」が弱まり、「自我」のもっとも特徴的な機能の一つである「首尾一貫性」がくずれ出すと、それまで「自我」に押さえ込まれていた無意識のなかの「スキーマ」が「認知のゆがみ」として現われてくるようになります。
 そして、「認知のゆがみ」によって、さらにうつ状態が悪化すると、うつ病となってしまいます。
 
ball 認知のゆがみと人格障害・AC(アダルトチルドレン)
 生育歴の関係で人格の形成がうまくいかず、うつ状態でなくても、「自我」が弱まっている人の場合を考えてみましょう。
 このような人は、「自我」が最初から一貫性を保てず、「スキーマ」から「認知のゆがみ」が現れやすくなっています。
 これが「境界性人格障害」や「自己愛性人格障害」、「回避性人格障害」、「依存性人格障害」など、「人格障害」と呼ばれている人たちです。
 だからこそ、うつ状態に陥りやすいわけですね。

 メンタルヘルス関係のホームページや掲示板等でよく見かける「AC」(アダルトチルドレン)も、親が「アルコール依存」だった、「機能不全家庭」で育ったなど、生育歴が原因で「自我」が弱まっていると考えることができます。つまり、「人格障害」と同様なわけですね。
 したがって、「スキーマ」から「認知のゆがみ」が現れやすく、うつ状態に陥りやすくなります。

 ここで、「AC」(アダルトチルドレン)について、少し詳しく説明しましょう。
 「AC」(アダルトチルドレン)というのは、最初は、アルコール依存の親に育てられた人のことを指していました。英語では Adult Children of Alcoholics と表記されます。
 その後、アルコールに関係なく、親が精神障害や人格障害だった場合、親から虐待を受けて育った場合なども含め、いわゆる「機能不全家庭」で育った人という意味に拡大解釈されるようになりました。英語では、 Adult Children of Dysfunctional Family です。
 特にこの2つ「AC」(アダルトチルドレン)を分けて考える場合には、それぞれ「ACOA」「ACOD」として表記されることもあります。

 しかし、「AC」(アダルトチルドレン)は、定義があいまいなため、正式な診断名にはなりません。症状が重い場合は、それぞれの症状に合わせて、「境界性人格障害」や「解離性障害」などの診断名が使われます。
 「抑うつ」や「不安障害」(神経症)、「気分変調性障害」(気分変調症)、うつ状態がひどい時には、「うつ病」と診断されることもあります。

 高ストレス状態が続いたことが原因で脳の機能が低下し、精神力がなくなってしまった場合が「うつ病」ですが、「人格障害」や「AC」は、もともと自我の機能が弱体化しているわけです。したがって、うつ病とは違う「病態」(その病気の患者に現れる特徴的な症状と経過)となります。
 たとえば、責任転嫁、他罰的傾向、攻撃行動、強い衝動性、激しい感情の起伏、現実に対する自分本位で身勝手な解釈、記憶の歪曲や脱落などは、うつ病ではほとんど見られない症状です。

 精神力がなくなってしまう「うつ病」とは違い、その行動は時にエネルギッシュです。振り回され、へとへとに疲れきって、まわりの人の方がうつ病になってしまうこともあります。

ball 認知療法の治療方法
 認知療法では、「認知のゆがみ」を、正常な認知として修正しながら、問題となる「スキーマ」を少しずつ変えていくような治療方法がとられます。

 たとえば、代表的な治療法である「コラム法」では、日常生活のなかで、ストレス要因となるような出来事に対して、どのような「認知」が起きたかを記述していき、それを「再評価」します。
 この「再評価」の段階でポイントとなるのは、ほかの人なら同じような場面で、どのような認知をして、どう対応していくかを記入していくことです。

 ほかの人ならどう感じ、どう対応するか、それをじっくり考えると、自分自身の感じ方や対応の仕方がほかの人と比べてどのように違っているのか、理解できます。そして、患者の持つ「認知のゆがみ」が、はっきりと認識できるわけです。

 また、さまざまな場面で感じる「自動思考」を記録しておき、「治療者」と話し合いながら、問題となる「スキーマ」を見つけ出していくことも重要な治療要素となります。
 これは、治療者とのあいだで、「認知のゆがみ」と結びつくような「スキーマ」について、「共通の理解」として、見つけていくことを示します。

ball 共通の理解と実証主義的共同作業
 この「共通の理解」は、重要です。患者がひとりだけで理解したり納得したりしても、実感や安心感は、なかなか得られません。
 特にうつ病患者は、自分自身を否定的にとらえる傾向が強いため、本当にそうなのか実感が持てない、疑問がぬぐえない、という状態に陥りやすいのです。
 専門家としての治療者の同意や理解があれば、安心できますし、実感も持てます。
 このような認知療法の特徴は、実証主義的な共同作業だと言えます。患者と治療者が、「お互いの立場を認め合い、共同で実証しながら進めていく作業」ということですね。

 認知療法の手法は、一般精神療法(共感療法、支持療法)で言う「共感」とは異なります。「共感」は、治療者が患者の状態を受容し、理解し、尊重することです。
 一方、認知療法では、まず患者の心のなかにある「スキーマ」やそこから出てくる「認知のゆがみ」について、相互に共通の理解を確認し合うということから始めます。
 そして、患者の持つ「認知のゆがみ」がどんなものなのか、どういうふうに変えていけば、うつ状態にならなくて済むのか、というように解決策を見つけ、実践するようにします。
 さらに、その実践によって「認知のゆがみ」が正常化し、「自動思考」が変化することを「実証」していきます。

 この実践と実証は、「行動療法」の基本である「学習理論」を取り入れたものです。
 「行動療法」の技法を取り入れていることから、「認知行動療法」という呼び方もありますが、現在では、「認知療法」も「認知行動療法」も、実質的には同じものだと考えていいでしょう。

ball 認知療法の特徴と精神分析療法の違い
 認知療法では、このように、「合理的」で「意識的」な治療方法をとるため、患者と治療者の立場や距離が明確です。さらに「共通の理解」に基づいた実証主義的な「共同作業」なので、患者と治療者のあいだに「転移」(感情転移)が起きにくく、スムースな治療が可能となります(「転移」(感情転移)につきましては、きまぐれコラムの「感情転移と転移性治癒」のページをご参照ください)。

 精神分析療法では、ある言葉に対する連想を思い浮かべる「連想法」などを使って、患者の問題となっている「スキーマ」を、治療者が「解釈」しながら見つけ出していきます。
 そして、そのような「スキーマ」ができあがった一連の記憶を無意識のなかから呼び起こし、再体験させ、再評価させます。
 この精神分析療法を受けるためには、「自我」がある程度しっかりしていないと、危険な場合もあります。問題となる「スキーマ」に振り回され、「自我」の首尾一貫性が崩壊し、自傷行為や攻撃行動など、危険な「行為化」(アクティング・アウト)が起きることもあるからです。

 認知療法では、無意識の世界には足を踏み入れません。あくまで意識的で実証的な「共同作業」として、患者自身の「理解」「学習」を促していくことになります。
 したがって、もともと人格形成がうまくできていず、「自我」の機能が弱まっている「人格障害」や「AC」(アダルトチルドレン)などの患者でも、ある程度安全な治療が可能となります。






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